第126話 魔女と食事
おなかがすいたというマリアの希望で、食事に行くことにした。
僕たちのいた場所は聖堂の他の部分とは隔離されている区画で、食事ができる場所はない。メリンダさんは1年のほとんどを寝ているし、起きている時も食事はしないらしいのだ。お菓子は食べるけど。
隔離されている外側の区画には人がいて食堂などもあるという話だけど、メリンダさんが目覚めたことを知らせると大騒ぎになるということなので、見つからないように外食しようということになったのだ。
入ってきたのと同じ目立たない場所のドアからメリンダさんとマリアと僕の三人で出る。セブンもマリアの肩から首のあたりに乗っかってる。
マリアの魔法障壁が僕たちを包み込むと、いつものように音も無く上昇した。魔法障壁経由だとかなり暗く感じられるが、まだ真っ暗というほどではない。それでも明かりを灯している建物もあり、昼とはまたちがった風景だ。
「それじゃあいったんセブンとであった広場に戻ります。メリンダさんは特に知っているお店とかは無いのですよね。」
「そうね、行くとしてもお茶とお菓子のお店だし、自分で選んだこともないの。」
昼に屋台で買ったものをを食べていた広場に到着して、木の陰で障壁を解除する。
「それじゃあ行きましょう。昼には通りに屋台が出てたけど、今もあるみたいですね。」
「いいにおいがする~。」
「昼は屋台で買ったけど、今度はどこかお店に入って食べよう。メリンダさんもそれでいいですか?」
ほっておくと屋台に駆け寄りそうなマリアを止め、メリンダさんに確認すると、
「おまかせするわ。」
ということだったので、歩きながら良さそうな店をさがす。
開けっ放しの入り口や窓から中の喧騒が聞こえてくる大衆酒場みたいなのもあるけど、もう少し上品な方がいいだろう。目安としては昼前にお菓子を食べた店くらいかなと考えながら歩く。
「おなかすいたよ~。」
マリアからの催促の声もあり、早めに決めることにする。
「あそことかどうでしょう。」
その店は窓にはガラスがはまり、店内の明かりは魔道具みたいだけどそんなに明るくないのが少し上品な店という印象だ。客の入りも満席ではないのですぐに入れそうだし、ガラガラでもないから評判が悪い店でもないだろう。
「いいよ~。」
「かまいませんわ。」
とマリアとメリンダさんの了解を得られたので、店の入り口に向かいドアマンの開けてくれた扉から入る。特に何も言わずにドアを開けてくれたので、入店チェックみたいなのは無さそうだ。
「いらっしゃいませ。」
「三名で食事がしたいのですが。」
入った場所で待っていると店員がやってきたので、こちらの人数を言う。案内される途中で、他のテーブルを観察して何を食べているのかを見ておく。
「あれおいしそ~。」
「そうね。」
マリアとメリンダさんも他の客の料理を見てるのか、そんな会話をしていた。
席に着くとメニューをみて食べたいものを決める。
メリンダさんは何しろ食事をしない人なので特にリクエストはなく、主にマリアの希望で決まった。
他のテーブルの客が食べていた、土鍋みたいなのに入っていた料理が気になったみたいで、それをメインにして、他はサラダみたいなのや串に刺して焼いた肉や野菜なども頼んだ。飲み物は各自にフルーツジュース、それに加えて冷たいお茶をポットで持ってきてもらう。
「セブンはごはんたべないのかな。」
マリアが自分の首の所に襟巻きみたいになってるセブンを指でつっつきながら話す。
「そうね、そうしているとマリアさんの魔力がもらえるから、それだけで充分だと思うの。使い魔はあまり食べ物を食べないものなのよ。」
「そうなんだ。わたしのしってるつかいまのナインはたべるんだよ。とってもたくさん。」
「そうなの。それは変わった使い魔ね。」
マリアとメリンダさんの会話ははずんでいる。僕もメリンダさんに聞きたいことがあったけどまあいいかと思って、さっき聞いたことを考えていた。ミルアは森に住んでいたという湖の魔女の親族の子孫なんだろうかとか、それにしてもどうして一人だったんだろういうのなどが気になっていた。
「わあ、きたよ。」
メインの料理がきた。土鍋みたいなのは近くで見ると亀の甲羅のような、何か生き物の身体を利用しているいるようで、赤っぽいシチューのようなものが入っていた。持って来た店員が深皿に取り分けてくれたものを見ると、肉と野菜それからピンポン玉くらいの丸いものが入っているのが見えた。
ピンポン玉はナイフで切ると卵みたいに外は白く中心付近は黄色。そして黄色い部分がドロリとしていて溶けたチーズのようによく伸びた。味も卵とチーズが合わさったような濃厚なものだった。
「これおいしいね。」
マリアも気に入ったようだった。
「よかったら私のも食べていいわよ。」
メリンダさんが自分の皿から卵をマリアに分けていた。ふだん食事をしないと言っていたし、あまり食べる必要性を感じないのだろうか。
「ありがと~。」
マリアは礼を言うと、分けてもらった分も合わせて料理をもりもりと食べていった。そんな感じで食事は進み、マリアも満足したようだ。
デザートもお任せで頼んでいたのが2種類きた。最初は陶器のカップに甘く煮たフルーツが入っていてパン生地でフタをして焼いた、つぼ焼きのパイみたいなもの。似たようなスープは地球でも食べたことがあるのを思い出した。
それから甘いチーズ。地球の料理のイメージでクリームチーズみたいな柔らかさだと思っていたら、普通のチーズみたいな固さだったのでひと口目は驚いたけど、味としては満足。
マリアやメリンダさんも気に入ったみたい。
そんな感じで皆満足して食事を終えて戻ってきたのだけど、食事代は僕が支払ったというのも書いておく。メリンダさんもお金を持っていないわけではないみたいだけど、自分で使うことは無いみたいでこういう場合に用意したりはしていなかったのだ。
さいわいにして昼に赤い実を売った代金があったので、手持ちの金貨で支払いは足りた。
聖堂に戻って風呂に入る。食事のときにも話をしたのだけど、その日はそのまま泊めてもらうことになった。メリンダさんのいた隔離された区画には食事をする場所は無いだけど、風呂はあるしベッドのある部屋も複数あった。一人だけ、それも1年のほとんどを眠ってすごす人のためにどうしてそんな設備があるんだろうと思ってメリンダさんに聞いただけど、複数の魔女がいた時代もあったし、来訪してくる人もいたからだと教えてくれた。
「それじゃあ私たちは先にお風呂に行ってきます。」
「ミルアもいっしょにはいればいいのに。」
いくら今の身体は女の子だとしても中身は成人男性だし、そのことを知っている相手といっしょに入ることはできないので、先に入ってもらう。
使うように言われた部屋で、後で風呂に行く用意をする。泊まる予定は無かったけど、下着は荷物に入れてあった。
部屋は長いこと使われていなかったはずだけどホコリなどもなく、おそらくは使い魔が掃除していたんだろう。
日帰りの予定が泊まりになるというのは湖の街に行ったときと同じパターンだけど、これはまあ成り行きなので仕方ないだろう。メリンダさんに会ったことで、わかったことも沢山ある。しかしメリンダさんは結構偉い人というか重要人物らしいので、あまり深入りしないほうがいいとも思っている。
小説やマンガだと異世界に行ってそこの王様と普通に会って話したりしているけど、現実の世界で考えたらちょっと考えられないだろう。たとえばイギリスに旅行したときに知り合った人に家に泊めてもらうことになったらバッキンガム宮殿だったみたいなことを想像したら、そのありえなさがわかるだろうか。
そんなことを考えたりしているうちに先の二人があがってきたので入れ替わりに風呂に行く。浴室は普通のタイプで、お湯の入っている浴槽があった。前にアリシアの家で入ったのは浴槽がなくて蒸気が充満しているサウナみたいな風呂だったので、久しぶりに湯につかることができた。
風呂からあがってメリンダさんの部屋に行くと、マリアもいっしょにいた。マリアの服は見覚えがなかったけど、メリンダさんの用意したものだろうか。
「それじゃあ先に寝ます。マリアはどうする。メリンダさんといっしょに寝る?」
「うん、メリンダといっしょにねる。」
自分で質問しておいてまさか肯定されるとは思っていなかったので驚いたけど、驚きを表面に出さないように自分の部屋にもどった。
眠るときに一人なのも久しぶりだった。
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