第125話 魔女と解脱
メリンダさんの言ったノムラというのは僕の名前なのだけど、転生中に誰かに言ったことはない。この転生時のことを記録している文章中にも書いていないはずだけど、これは自分の名前をあえて書く必要もなかったから。日記の文中に自分の名前は○○だ、みたいにわざわざ書かないと同じ。
その誰にも言っていないはずの名前をどうして呼ぶことができたのか。少し考えて、これが魔力の伝達に付随する情報の伝達なのかと思い至った。
「それも魔力に含まれた情報としてわかったのですね。」
「その通りよ。」
「ミルアのなまえはノムラなの?」
マリアはよくわかってないみたいだ。ということはマリアには僕の情報はあまり伝わってないんだろうか。魔力を送っているの同じはずだから、受け手によって得られる情報は違うんだろうか。
「その僕つまりノムラの情報はどの程度伝わっているんでしょうか。」
自分の記憶の一部が誰かに知られるというのは恥ずかしい気もするけど、一時転生しているときには転生先の相手の記憶を使わせてもらっているので、お互い様というか、じたばたしてもしかたない。と後から冷静になってみればこのくらいのことは書けるのだけど、その時点ではかなり驚いてあたふたしていたことも忘れてしまわないように記録しておく。
「あなたがミルアさんだけでなく、他の世界の他の人にも同じようなことをしていることはわかりました。そして過去のそれらが平穏に終了したことから、今回もそうであろうことは理解できて安心しました。」
「ええ、今回はいつごろ戻るかは決めていないのですが、あまり長くなりすぎないようにと思っています。」
「ミルアどこかにいっちゃうの?」
「どこかに行くというか元に戻る感じかな。マリアの知っているミルアは、本当のミルアじゃないんだ。」
「わたしがわたしじゃないみたいに?」
「うーん、マリアがどうなのかは僕にはちょっとわからないんだけど。メリンダさんは何か知っているのですよね。」
「そうねえ、まず魔法とこの世界について話さなくてはいけないのかしら。」
僕が異世界人であることを知っているメリンダさんは、そんな風に話し始めた。
魔法と世界については、マリアと出会うことになる前に聖堂の展示でも見ていた。そこに書かれていたように、この世界では魔法はあるのだけど、ファンタジー小説のような魔物などは存在しない。全ての生き物はわずかながらの魔力をもっているが、それを魔法として使えるだけの量と技能を持っているのは人間だけだ。
人間は言葉や道具を使えるというのが動物との違いであるように、この世界ではそれにくわえて魔法が使えることが人間と動物をわけるものとして考えられている。
だから魔力を多く持ち魔法が使える人間は、それほど魔力を持たない人間よりも優れているという認識になっている。僕らの世界での貴族や王族と似たようなものと言えばわかりやすいだろうか。
今では王政や封建制ではなく、民主主義的な皆に選ばれた人が各地の領主というか知事のような仕事をしているのだけど、その多くは代々続いている貴族の家から出ているらしい。僕の知っているところでもアリシアの父親がそんな知事みたいな仕事をしていて、今はこの街のどこかにいるはずだ。
そういう通常よりも魔力を持った人達の中でもさらに飛びぬけた魔力を持つ人がいて、魔女と呼ばれている。強い魔力を持つのはたいてい女の人なのだけど、男の魔女もいるらしい。
アリシアの母親のナタリアさんも魔女と呼ばれていたような記憶があるのだけど、メリンダさんの話によると真に魔女と呼べるにはある基準を満たしている必要があるということだ。
食物に頼らず魔力だけによって身体を維持することが出来る。
これがメリンダさんの言う、魔女の条件。つまり今の僕が身体を借用しているミルアも魔女ということになる。転生してから不思議に感じていた、おなかがすかないというのにもこれで一応の説明がついたことになる。
そして出会った頃に食事の必要が無いと言っていたマリアも魔女であり、メリンダさんも魔女になるのだろう。
この魔女がさらに一段階ステップアップすることもあり、それは肉体から自由になり魔力だけの存在になるということらしい。
魔力が無い僕のいた世界でも即身成仏という修行のすえに生きたままミイラになるということが昔はあったというのをちょっと連想した。即身成仏だと本当に解脱できたのか確かめようがないけれど、こっちの世界ならば魔力だけの存在になっても普通の人と意思の疎通ができる。
その魔女が即身成仏のような解脱をするための方法が眠りなのだという。魔女は食事をしないでも死ぬことが無い。太陽の光のように周囲にある魔力を吸収して自分の生命維持に使うことが出来るからだ。
そして身体は眠った状態で、魔力だけを働かせることで、いつかは肉体から自由になることができると言われている。
使い魔の作成もまたステップアップの為の手段で、特にセブンのような魔力だけの身体を持つ使い魔は、肉体から自由になった魔女の前段階と考えることもできる。
使い魔は完全に独立しているわけではなく、主の魔力によって動かされている一時的存在で、本当の生命というわけではない。それでも使い魔を維持コントロールしたり、使い魔が部分的に自律して行動できるということを突き進めた究極が、魔力の身体だけを持つ次の段階に進んだ魔女なのだとも説明してくれた。
「つまり私は、この肉体を捨て去るために眠っていたというわけなの。」
「そうすると、僕が起こしてしまったのは余計なお世話だったりするのですか。」
「そんなことはないの。今の私はせいぜい1年くらいしか眠り続けることはできないの。それに魔女のなかでも次の段階に進めるのは本当にごくわずか。私の御先祖でもメランダとグリンの二人しか知られていないくらい。」
「そうなんですか。そういえば前に行った聖堂の展示で、メランダさんという聖人の名前を見たような気がします。」
うろおぼえだったけど、何となく記憶にあったのでそう答えた。
「そう、偉大な先祖を持つと苦労することもあるわ。」
「昔の聖人というのは皆、その、次の段階に進んだ人なのですか?」
「全部ではないわ。単なる普通の魔女の方が多いくらい。普通の魔女でも結構すごいことなんだけど。」
メリンダさんは、そう言うと少しからだの向きを変えた。
ちなみにメリンダさんと僕が話をしている間、マリアは近くで遊んでいた。アイちゃんとセブンそれから、マリアが自分で作ったらしい一時的な使い魔みたいな魔力人形とで何かをやっていた。セブンはいつの間にか、メリンダさんの首まわりからあっちに移動していたのだった。
メリンダさんがマリアの方からこちらに向き直ったので、僕もメリンダさんの方を向く。
「いちばん有名な聖人は湖の魔女かしら。」
「湖の魔女、ですか。その呼び名からすると湖の街に関係あるのでしょうか。」
湖の魔女というのはちょっと記憶になかった。
「関係は、深いわね。何しろ湖の街ができたから湖の魔女の呼び名が付いたのだから。」
「そうですか。」
そう言われても、特に記憶がよみがえってくることは無かった。湖の街が出来た時の話は聖堂の展示にはあったかなあと考えたけど、見た記憶は無い。
「伝承では、湖の魔女の友人で街を任されたのがレイク家とも言われているの。」
「レイク家というと、アリシアの、いやナタリアさんの家ですね。」
僕は出会いの順番からアリシアの家と認識しているけど、一般的にはナタリアさんの家だろうと思って言い直した。ナタリアさんのご主人の名前は聞いたような気もするけど覚えてなかった。
「そう。湖の魔女が次の段階に進んで、しばらくは街を見守っていたのだけど、どこかにいなくなってからはレイク家が街を治めているの。」
「次の段階に進んだ人というのは、だいたいそうなんでしょうか。つまり普通の肉体を持った人とは長くはいっしょに暮らせないとか。」
「直接の知り合いがいなくなってしまうと、関係が薄れてしまうみたいね。」
「なるほど。」
おそらくは魔力の身体になって、不死かはわからないけどたいていの人間よりは長生きになり、知り合いがいてもいつかは先に死んでしまうんだろう。
「伝説には湖の魔女の兄弟か親戚が森の奥に住んで、魔女が戻ってくるのを代々待っているというのもあるの。こちらはあまり知られていないかもしれないけど。」
メリンダさんは続けて言う。
「湖の魔女の名前はアルミルアというのだけど、森に住む一族はアルミルアの名前の一部を継いでいるという話も伝わっているわ。これも知っている人は少ないのだけど。」
僕は次々と明かされる情報を整理するのに黙って考えていた。湖の魔女アルミルアの親族が森の奥、これは湖の街の近くの森だろうけど、そこに隠れるように住んでいた。そして彼らは自分達の名前にアルミルアの一部を使っていた。
「ミルア~。」
マリアの呼び声で考え事は中断させられ、顔をあげて返事をした。
「なあに?」
「おなかすいた~。」
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