第124話 魔力の情報

メリンダさんは先ほどのパジャマみたいな服ではなく、おちついた感じの服に着替えていた。首に毛皮の襟巻きみたいなのを巻いているが、これはよく見たら使い魔のセブンだった。

僕らのいるテーブルに近づいてくると空いている椅子に座った。テーブルはほぼ正方形で各辺に椅子があり、僕とマリアは向かい合わせに座っていたので、僕らの横に位置することになる。


「それでは、」


メリンダさんがおもむろに口を開くと、


「失礼して私もお菓子をいただくことにするわ。」


と続けた。この人もマリアみたいに食に貪欲なんだろうか。そういえば眠っている間も使い魔にお菓子を買いに行かせてたのだなあなどと、すこし失礼なことを思ってしまった。

メリンダさんと一緒にやってきていたアイちゃんが、メリンダさんの前にお菓子とお茶を置くと、僕らにもお茶をついでくれた。


「たとえ生きていくのに食べる必要は無いとはいえ、おいしいものは生活を豊かにしてくれますね。」


などと言いながら、小さく切り分けたケーキを上品に口に運んでいる。僕はそうですねみたいな無難な相づちを返す。マリアは黙って、メリンダさんのケーキを見つめている。もしかしてまだ食べ足りないんだろうか。


「あなた達もおかわりはどうかしら。」


いつの間にかアイちゃんがケーキの皿を持ってきていた。

マリアは


「たべるたべる。」


と喜んで答えたが、僕は断った。


「そうなの。それじゃあこれは私とマリアさんで分けることにしましょう。マリアさんはどっちがいいかしら。」


とメリンダさんが聞くと、


「こっち。」


マリアは迷いもせずに答えた。アイちゃんはマリアの選んだフルーツが入っているケーキをマリアの皿に移すと、残りのナッツ入りのをメリンダさんの前に置く。


「ミルアさんはアイちゃんに興味があるのかしら。またさわってもよろしくてよ。」


ケーキを食べながら、そんなことを言うメリンダさん。アイちゃんは僕の近くにやって来きたので、今回は手だけでなく胴体もさわって調べる。人間だと身体に均等に魔力が感じられるけど、アイちゃんは胴体の中ほどに強めの魔力が感じられるので、そのあたりに魔力を貯める何かがありそうな気がする。


「そっちもおいしいけど、すこしにがい。」


「そうね。でも苦さが甘さをひきたててもいるのではないかしら。」


マリアとメリンダさんはケーキ談義をしているようだった。マリアに会った最初の頃は食事の必要はないとか言っていたのに、変われば変るものだ。

マリアのことはメリンダさんにもあとで聞いてみよう。聖堂で眠っていたという共通点があるし何か知っているかも。メリンダさんも眠りの魔女と呼ばれているくらいだし、魔法には詳しいのだろう。使い魔もわかっているだけでセブンとアイちゃんの2体を使っている。セブンが7番目みたいなので、あと5体はいるのかな。

アイちゃんはたぶん最初の使い魔で、だからこんなふうに元になる身体があるんだろう。これならばもしも全ての魔力が失われた場合でも、消えてなくなってしまう心配はないだろう。


「マリアさんも聖堂で眠っていたのですって?」


「うん、ミルアがまりょくでおこしてくれたの。」


メリンダさんとマリアが話しているが、どうしてマリアが眠っていたことを知っているんだろう。セブンに聞いたのかな。でもセブンには聖堂で眠っていたとは言っていなかったような。

そういえば僕がアイちゃんに興味があるというのも、なぜ知っているのだろう。僕とマリアだけしかいなかったのに。

いやアイちゃんはいたか。アイちゃんを調べたのだから、当然だ。つまり、そういうことなんだろうか。


「あの、質問があるのですが。」


疑問に思ったことを、メリンダさんに聞いてみることにする。


「あら、なんでも聞いて頂戴。私に答えられる質問だといいけど。」


「アイちゃんのことなんですが、アイちゃんが見聞きしたことはメリンダさんにも伝わっているのでしょうか。」


「そうね、使い魔の得た情報は、主に伝わると思ってもらっていいわ。人間の部下から報告を受けるように、まとまった結果を報告されるような形が多いけれど、意識の一部を使い魔に一体化させて直接的に体験することもできるの。」


「そうなんですか。」


おおむね予想したとおりだ。だからメリンダさんは自分がいなかった時のことを知っている。


「さっきは途中から意識を同調していたので、ミルアさんに手を握られてびっくりしちゃった。」


「そ、そうですか。」


これは予想外。でも目覚めのときに息を吹きかけてきたりしたのも意図的なのだとしたら、からかってるのだろう。あまり反応しないで話を進めることにする。


「僕の知ってる使い魔はそこのセブンと、それからナインという見た目はセブンと同じような魔力の身体を持つ使い魔だけなので、実体のある使い魔には興味があります。」


「それは魔女ミルアとして、なのかしら。」


そう聞かれたけど、どう答えるか。ミルアはこの街に何度か来ているし、記憶の範囲ではメリンダさんに会った事は無いのだけど、メリンダさんがミルアのことを知っている可能性もある。

たしかナインはミルアのことを知っているようだった。


「ええとですね、今の僕はミルアであってミルアではないというか、身体を一時的に借りている普通の人間です。」


一時転生を秘密にする約束はミルアとしていないし、ばらしてしまっても特に問題はない。ナインにも同様のことは言ったような気がするし。


「まあ。」


メリンダさんはさすがに驚いたようだった。


「ミルアはミルアじゃないんだ。」


マリアも言ってなかったことだから驚いていた、のかな。マリアが続けて話す。


「わたしもマリアだけど、マリアじゃなかったからにているね。」


これはマリアに名前がなかったことを言ってるのだろう。


「そうだね。すこしにているかも。」


「わたしのマリアはミルアからもらったものなの。」


「えっと、それは僕がマリアの名前を付けたことかな。」


「それもそうだけど、わたしのわたしがミルアからもらったものなの。」


え、何だろう。わからない。



「よろしければ、私から説明しましょう。」


メリンダさんが言った。このままマリアの話を聞いてもわからないだろうから、お願いすることにした。

その話をまとめると、魔力というのは単なる力やエネルギーではなく情報も含んでしまうものなのだそうだ。魔力を調べれば、それが誰の魔力なのかを知ることができる。これは前にも聞いたことかも。

それだけではなく、魔力を送るときにはその人が考えていたことが伝わったりすることもあるという。テレパシー的な意図した情報伝達ではなく、知らない間の情報漏洩みたいなことが起こってしまう。

他にも先ほどの使い魔の実験で、マリアの作った魔力のボールに僕の魔力を流し込むことで僕の魔力にも反応するようになったりしたのも魔力が含む情報の力によるもののようだ。ちなみにこの時は近くにアイちゃんもいなかったのにどうしてメリンダさんが知ってるのかと思ったら、強い魔力の反応があったから注意していたとのことだった。


「だから大量の魔力を流し込まれることで目覚めたマリアさんは、ミルアさんの心の一部を持っているとも言えるのです。」


「そうなの。」


つまりマリアの意識を構成している一部は僕が送り込んだものということになるのか。でも、僕のというかミルアの意識である可能性もあるのか。

メリンダさんの話は続く。


「それは私の場合も同じで、私にもミルアさんの記憶や考え方の一部が伝わってきています。」


「そうなんですか。」


「そして、ノムラさんの一部もです。」


メリンダさんは、誰にも言っていない僕の名前を口にした。


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