第120話 眠りの魔女
「ご存知ないのかしら。」
声をした方を振り返ると、上品そうな女の人がこちらを見ていた。年はナタリアさんと同じくらいか。子供がいても不思議はないくらいの大人の女性だ。
「あの動く人形みたいな人、いや人じゃないか。使い魔? とにかく今のあれを知っているんですか?」
と、なんというかまとまらない感じの質問だったけど、意味は通じたようで教えてもらうことができた。あの犬のぬいぐるみのような客は、やはり使い魔だった。使い魔ならナインのような小型の使い魔でも簡単な会話をしたり魔法だって使えるくらいなので、買い物ができる使い魔がいても不思議ではない。
それでもあんな風に買い物をする使い魔というのは、かなり珍しいらしい。そして誰の使い魔なのかというと…。
「眠りの魔女ですか。」
「そうなの。眠りの魔女はもちろん知ってると思うけど、大聖堂の奥で眠っていると言われているの。そしていつ目が覚めてもいいように、使い魔がお菓子を用意しているということなのよ。」
眠りの魔女の話は、このとき初めて聞いたのだけど、常識として知っていることを知らないと言うとあやしまれるかもと思い、知ってるような顔でうなずいておいた。
しかし聖堂の奥で眠っているという話を聞いた時に、おもわずマリアの方を見てしまった。マリアも、あの聖堂の開かずの扉の奥で眠っていたのだろうか。
僕が見たせいというわけでもないのだろうけど、マリアも会話に参加してきた。
「ねむったままだと、おかしたべられない。」
「そうね。新しいお菓子がきたら、前のはどうしているのかしらね。」
「つかいまがたべてるのかも。」
「あら、そんなことがあるのかしら。」
「あるよ。だってナインはごはんたべてたもん。」
「そのナインというのは、使い魔なのかしら。」
「そうだよ。」
マリアがめずらしくたくさん話しているのだけど、このままだと何か問題があることを言いそうだと思ったので、話をそらそうとしたのだけど。
「使い魔というのは、普通は食べ物を食べないのですか。」
「そうね、私が聞いたところによると、魔力によって動くので食べる必要はないそうよ。」
「そうなんですか。」
「あのね、わたしもまりょくがあればたべるひつようないんだよ。」
マリアが、それを言ったらまずいよということを口にしてしまった。
「それはすごいわね。でもさっきお菓子を食べてなかったかしら。」
「うん、おかしだいすき。」
「ふふ。」
どうも本気にされなかったようでひと安心。マリアが食事をする必要がないというのは、はじめて会った日にも言っていたことなので嘘ではないのだろう。それからミルア、つまり僕が借りている身体の持ち主だけど、この身体もなんというか空腹を感じないのだ。
「それじゃあ、お迎えがきたようなので失礼するわ。」
女の人はそう言って、店の前に止まった馬車に乗り込んで帰っていった。馬車でお迎えがくるということは、わりとお金持ちなんだろうか。
話に出ていた眠りの魔女については気になったけど、好奇心で見に行って前みたいに騒ぎを起こしたらまずいかなあとも思って、とりあえず保留にしておいた。
「それじゃあ僕たちも行こうか。」
とマリアに言う。
「おかしかうの?」
「いや、今は買わないよ。とりあえずお店をいろいろ見てから決めよう。」
「う、うん、わかった。」
少し間があったけど、マリアもわかってくれたみたいだ。いちおうこの店の持ち帰りお菓子についてもカウンターで聞いてみたら、店に出してるお菓子も持ち帰りにできてどれでも4個で25ペアということだった。さっきの使い魔が買ったのは持ち帰り専用の大きなサイズの長方形のケーキが2種類セットになっているもので、お値段なんと100ペアという高級品だった。
店を出てからしばらく歩いて、食材を売っている店がならんでいる商店街みたいな場所に行く。僕としては初めてだけど、ミルアがいつも歩いていた道のりなので記憶をたよりに行くことができた。
買うのが決まっているものは、まずハチミツにジャム、それから砂糖に塩。小麦粉やパスタ、卵などもあれば欲しいところだ。
たいていの店で商品は店先に並べてあり、値段も表示してあったのでわざわざ聞かないでもすむのはありがたかった。
ハチミツや砂糖はそれなりの価格、小さな壷でも四半金貨は必要になるくらいで、さらに高い高級品もあった。それからメープルシロップみたいな木の樹液を煮詰めたらしき物も売っていた。ジャムは値段の幅がわりとあって、これは砂糖の使用量による違いみたい。塩は安いけど、これは海が近いからかな。
小麦粉や小麦粉で作られた乾燥麺やパスタはそんなに高くなく、銅貨から銀貨で買えるレベル。これなら前の町とくらべてそんなに物価が高いというほどでも無さそう。
さっきのお茶とお菓子の店が高かったのは高級店だったからなんだろう。
「おかしあるよ~。」
マリアが目ざとく見つけたように、お菓子を売っている店もあった。砂糖を使ってるからか安くはないけど、そこまで高額というわけでもない。やはりさっきの店が高い店だったのか。
プリンはなかったけど果汁を固めたゼリーのようなのが売ってる店もあったので買ってみる。銅貨2枚で半透明なカップにゼリーを入れて渡してくれる。
「はい、これ。」
「ありがと。」
2つ買って、ひとつをマリアに渡す。平らな木のヘラみたいなのが付いてるので、それで適当なサイズに切って口に運ぶ。甘さは控えめで、かすかに酸味があり、さわやかな食感でおいしい。
「おいしいね。」
マリアも気に入ったようだ。
「これは海草を使って固めているのかな。あの店で売っていた材料を使えば家でも作れそう。」
店頭でゼリーを売っていた店では、棒寒天みたいなゼリーを作る材料も売っていたようだった。
「そうだ、そのゼリーが入っていた入れ物も食べられるみたいだよ。」
「ほんとう?」
さっき店で買ったときに教えてもらったことを説明すると、ゼリーを食べ終わっていたマリアは半透明の容器をかじりだす。
食べられるということは、これも何かの食材からできてるんだろうか。半透明だとオブラートは地球にもあるけど、あれは水で簡単に溶けてしまうから違うだろう。
味は特についてなく、食感はウエハースみたいにサクサクしていて、水分を含んだところはグミっぽくなっている。
食べ物以外に服などを売ってる店もあったけど、のぞいたりはせずに通り過ぎた。雑貨を売ってる店で、石鹸がないか見てみたら四角い固まりではなく容器に入ったクリーム状の柔らかいタイプしかなかった。アリシアのところで入ったお風呂にあったのも似たようなものだったので、こういうのがこの世界では一般的なのかも。
そうやって店をまわっているうちにお昼近くになり、マリアからの要望もあったのでお昼ご飯を食べることにした。お昼に食べる用の果物も持ってきてはいたけど、屋台の肉も買うことにした。注文ごとに焼かれている大きな肉の固まりから切り取って、薄いパンにはさんでわたしてくれる。
屋台の近くにあった公園みたいな広場に敷物をひいて二人で座る。マリアはさっそくパンに挟まれた肉をかじっている。ぼくはカバンから出した水筒のお茶をひと口飲んでから、肉にとりかかる。
ふと気が付くと、マリアの近くに子猫みたいなのがいた。手のひらに乗るほどの小ささだ。
「マリア、そこに何かいるよ。」
「ほんとうだ。かわいい、これたべるかな。」
そういって肉のかけらをあげようとした。しかし、鼻先に肉片を近づけられても反応しない。それに、何となくナインと雰囲気が似てる。
「もしかしたら、使い魔かも。」
「そうなんだ。じゃあまりょくをあげればいいのかな。」
そう言うと、僕が待ってと止める間もなく、指先から魔力を流し込みだした。
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