第103話 シャワーの魔法
翌朝目覚めてからトイレに行った。トイレは地面に穴を掘ってある簡単なものだけど、穴の周囲は板を敷いてある。紙はないが乾燥させた植物の葉が沢山用意されていて、特に問題はなかった。とりあえずこの身体でも普通にトイレに行くのだというのが確認できた。
台所で顔を洗っていると、どこからかナインがやってきた。使い魔はまったく眠らないわけでもないみたいだけど人間のように夜にしっかり眠るということもないようで、昨夜の夕食後に外に出て行っていた。
「おはよう。」
と挨拶したら、
「やあ。」
と軽く返された。人間相手だったらもうちょっとちゃんと挨拶しろよと思うとこだけど、まあ使い魔だからなあ。
「朝ごはんは食べるかい?」
「もちろんだよ。」
朝はイモと木の実をミルクで煮てみた。ミルクはもちろんミルクの実の中身で、殻はナインに頼んで切ってもらった。他に裏で取ってきた果物も食べた。
「今日は他の人がいるところに行こうと思うのだけど、近くに村や町のような人が集まって住んでる所はあるかな?」
「さあ、森の外のことはあまり知らないなあ。」
せっかく異世界に来たのに森で一人でいてもしかたないので、どこか人がいるところに行こうかと思ったけど近くの村などの記憶は無い。ミルアはあまり外にでなかったのと、出かけるときも魔法を使って遠くへ移動してたみたいだ。
なのでナインに近くの村のことを聞いてみたけど、あまり興味が無いのかそっけない答え。まあ人に興味が無くても他に聞きようはある。
「他の人の所に行けば、なにか変わったおいしい食べ物もあるかもよ。」
「本当に!」
簡単に食いついてきた。
「それはそうだよ。昨日の燻製みたいに手間がかかる食べ物は、まとめて作った方が効率がいいし、もっと手間のかかるものだって作る人はいるだろうね。それにミルクだって…。」
「ミルクならここにもあるよね。」
「ミルクの実だけじゃなく、動物の母親が子供に与えるミルクはまた違った味がすると思うよ。」
「よし、行こう。ミルクとおいしいものを食べに。」
予想通りではあるものの、ここまで簡単に食べ物につられるとはナインも単純な使い魔なんだろうかと思った。それとも人間でもたまにいる専門知識はすごくても日常では子供みたいなパターンなのか。
「そのおいしいものを探しに行くにも、まずどこに人が住んでいるのかがわからないとダメなんだよ。」
「それなら簡単だよ。また魔力を使わせてもらうよ。」
ナインは僕の肩に飛び乗ると、また何か魔法を使ったようで肩に熱を感じる。
「あれかなあ。ちょっとミルアも見てみてよ。」
僕の頭に映像が送られてきた。小屋から高く離れた場所の視点で、遠くに町のようなものが見える。
「あれが町だろうねえ。」
「じゃあ、すぐ行こう。おいしいもの食べに。」
「ちょっと待ってよ。いろいろ準備しなくちゃ。」
「準備って何さ?」
「途中で食べるものとかあった方がいいでしょ。」
「うん、わかった。」
短い付き合いだけど、ナインには食べ物を理由にすれば大丈夫だろうというのはわかっていた。実際は他にも用意するものがある。着替えやら食器、トイレで使う葉っぱも持って行く。この身体だとトイレの回数は少ないみたいだけど、女の子なので毎回使うわけだし。
果物も多めに持っていく。食べる以外に、余ったら町で売ることも想定している。小屋にはお金の入った袋もあったけど、なるべくなら節約したい。僕が身体を貸したときには貯金の大半を使われてしまってショックだった。でもまあ代わりに転生マシンが手に入ったし、謎の定期収入もある。
「これでいいかな。水は、途中の川でくんでいこう。」
僕は荷物が入った背負いかごを背負って、小屋のドアを開けた。
「さあ、行こう。おいしいものを目指して。」
ナインは僕の肩に飛び乗る。すっかりそこが定位置になってしまった。
川で水筒に水をくむ。水筒は木製なんだろうけど、かなり薄くて軽い。表面には油かニスみたいな加工ががされていて防水になっているようだ。フタも外せるようになっていて、木工とはいえかなりの技術で素人ではなく専門の職人が作った製品といった見た目だった。
せっかくなので手足を洗って、身体もぬらした布で拭く。髪はどうしようかなと考えていて、魔法があることに気が付いた。
「ナイン、魔法で水だせるよね。頭を洗いたいからちょっと出してよ。出来たら温かい水で。」
「いいよ~。」
ナインは僕から少し離れたところで魔法を使う。僕の身体全体から流れ出した魔力がナインの場所に集中するのが感じられた。
魔力は複雑なパターンをえがいて僕の頭上に戻ってくると、ぬるま湯がバシャっとふってきた。
「ちょっと勢いが強すぎるよ。もっと少な目のを長い時間でお願い。」
「はいはい。」
今度はバケツをひっくり返した感じではなくシャワーみたいに適量が徐々に流れてきた。頭を洗ってついでに顔も洗い、最後に身体にもかぶるとちょうど終了した。
少しすると魔法のぬるま湯は消えて、濡れた髪や身体、服までもが元にもどった。
「ありがとうね。」
ナインに礼を言う。
「いいよこのくらい。魔力はミルアのだし。」
そこからは川沿いに歩いていく。河原には岩とか倒木もあるけど、乗り越えられないこともない。しばらく下流に進むと大きな川に合流して、この大きな川が目的の町の近くを流れているので、あとはそのまま進むだけでいい。合流した大きな川の両側には少し盛り上がった土手があり、そこが道みたいになってる。
「ここからは他の人がいるかもしれないから、ナインは話さないようにした方がいいかも。」
『これならいいかな。それに使い魔はそんなに珍しくはないと思うよ。』
ナインは声を出さずにテレパシーのようなもので返事をした。
『そうなんだ。でもまあしばらくはこの方式で会話しよう。』
同じくテレパシーを使ってみたけど特に問題ない。通常の声による会話でもテレパシーは含まれていて、声に出さないで話そうとするとテレパシーだけになるようだ。
土手の上を歩きながら、町についてからのことを考えていた。できたら持って来た果物を売って、何かおいしいものを食べる。もし果物が売れなくても手持ちのお金が少しはあるので買い食いくらいは出来るだろう。あとは日帰りにするか泊まりにするかも決める必要があるし、泊まるといってもお金がどのくらいかかるのかや今の身体だと子供なのでひとりで泊まれるかという問題もある。しかしまあいつもの通りなりゆきまかせというか、町を見てからの話だなあとかぼんやりと考えていた。
町に近づくと周囲に畑みたいなものが見えてきて、舗装はされていないけどそれなりにちゃんとした道もあり人もちらほら見える。そのまま土手の上を歩いていくと、川の先が湖になっていてそのほとりに町があった。
土手は湖の方に続いているので、土手から降りて町へ続く道を歩いていく。町の近くだからか道行く人も多い。自分と同じように町で売るのだろう野菜などを背負っている人もいる。
歩きながらそれとなく周囲を観察する。ほどなくうまい具合に道端に座って休んでいるらしい人がいた。おばさんというよりはおばあさんに近い女性で、隣には背負ってきた野菜の入った大きなカゴが置いてある。
「こんにちは。」
座っている女性に近づくと、声をかけた。
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