第104話 野菜の行商
「あら、こんにちは。」
座っていた女性はこちらに顔をむけると、にこりと笑って挨拶を返してくれた。いきなり町に行ってもどこで果物を売ればいいのかわからないし、あらかじめ情報を手に入れようと思って誰か良さそうな人をみつくろって声をかけてみたのだけど、うまくいきそうだ。
「これから町に行くんですか?」
「そうなのよ。今はちょっと休憩中。お嬢ちゃんも町へ行くのかい?」
「そうなんです。」
そういって隣に座る。背負っていたカゴは地面に下ろし、中から小さめの果物を取り出す。リンゴと良く似た赤い実で、大きさは日本の普通のリンゴよりも小さい。イギリスとかのリンゴでこのくらいのサイズのがあっただろうか。
ナイフで切り込みを入れて二つに割り、片方を差し出す。
「よかったらどうですか。うちでとれた果物なんです。」
「いいのかい。せっかくだからありがたくいただくよ。」
おばさんは半分にした果物を受け取る。丸ごとなら遠慮されたかもしれないけど、半分に切れば受け取りやすいだろうと思ったのだ。
「あら、おいしい。それにひと口食べただけで元気になった気がするよ。」
「ありがとうございます。うちで取れた果物なんです。町で売れたらいいなと思って。」
自分の分をさらに半分に切ってからかじる。甘酸っぱくて歯ごたえもしゃきしゃきした食感でかなりリンゴに近い。肩に座っているナインにつつかれたので、残りをナインに食べさせる。
「これならすぐに売れるよ。ところで、その肩のはもしかして使い魔かい?」
おばさんがナインについて聞いてきた。
「そうなんです。あ、でもわたしの使い魔じゃなくて、家にいて一緒についてきたんです。」
森にひとりで住んでるというのは言わない方がいいだろうということで内緒にするが、他はなるべくウソにならないように説明する。
「へえ、そうするともしかして良い家のお嬢様なのかね。使い魔がお目付け役でついているなんて。」
「おじょうさまでもないと思いますけど。あ、でも家には果物の木が沢山あるんですよ。」
「そうなのかい。その家で取れた果物を町で売るって言ってたね。よかったら私といっしょに行かないかい。野菜を買いに来たお客に、果物も欲しいって人はいるだろうし。」
「本当ですか。それじゃあお願いします。私はミルアって言います。」
「マーサって呼んどくれ。」
こうしてマーサと一緒につれていってもらえることになった。マーサは市場ではなく行商みたいに何箇所かをまわってお得意さんに野菜を販売しているようだった。
町に近づくと道の両側に屋台や茶店みたいなのが並んだりとだんだん建物が増えていき、いつの間にか町の中に入っている。外壁みたいなわかりやすい区切りはないので、どこからが町かというのは曖昧だ。途中に柵や門があったりはして横に警備の人はいるけど、チェックなどは無く誰でも通れる様子だった。
マーサは毎日のように同じ場所を回っているようで、客とも顔見知りのようだった。
井戸の横であるとかアパートみたいな建物の裏庭といった場所でカゴをおろして商品を並べる。野菜だけでなく玉子なんかも売り物で、割れないようにおがくずといっしょに容器に入っていた。
客は一箇所で2、3人位だったり、入れ替わり立ち代りで10人以上も来た場所もある。見るだけで買わない人もいたけど、多くは何かしら買っていった。
果物もそれなりに売れた。マーサの野菜の隣に並べておくと、珍しそうに見たり手に取ったりして、そのうちの何人かは買っていった。
野菜と一緒に買う人が多かったので、会計はマーサにお任せした。
「何から何までお世話になります。」
移動中にマーサに礼を言うと、
「いいって。それに果物のおかげでこっちの売れ行きもいつもよりいいのさ。」
と笑って言う。カゴにぶら下げた鈴みたいに音を出す金属の板がマーサが歩くのにあわせてシャンシャンと鳴っている。この音で客はマーサが近くに来ていることを知るみたいだ。
最後に来たのは少し開けた広場で、他にも物を売ってる人や食べ物の屋台なんかも並んでいる。
「いつもここで残ったものを売って、代わりに魚とかを買って帰るのさ。今日はいつもより売れ行きが良かったからあまり残ってないけどね。」
マーサはそういいながら開いている場所にゴザみたいなのをしいて、残った野菜を並べてゆく。
「ちょっと見てきていいですか?」
周りの店が気になったので聞いてみた。
「いいよ。でもあまり遠くにはいかないどくれよ。」
「はーい。」
遠くに行くなとはいわれたけど、近くの売り場は野菜などを売ってる人が多いのでそんなに面白くは無い。それでもまったく同じというわけでもなく、マーサが売っているようなキャベツみたいな葉物や丸いキュウリかナスみたいな野菜だけでなく、ジャガイモや玉ネギを思わせるような茶色いイモ類や野菜も台に乗せて売られていた。
何となくマーサのような行商の人が売ってるのは日持ちがあまりしない葉物で単価も高め、そしてこういう市場で台などをつかって大量に売られている玉ネギみたいなのは単価が安い傾向があるみたいだ。玉ネギみたいだけと色は緑の野菜もあって、これは長ネギの白いのと緑のみたいな関係なのかなと思ったりもした。
しかしまあ野菜は少し変わっていたとしても野菜だ。ナインももっと変わったものを食べたいだろうし、何より僕が食べたい。
「それ、何ですか?」
気になった屋台の前で聞いてみた。そこでは何かを揚げる音といい匂いがしていた。
「いらっしゃい。これは野菜を油で揚げたもんだ。ひとつ味見してみるかい。」
薄い茶色でサイコロ状の何かをこちらに差し出したので、受け取って食べてみる。外側はカリッとして中はホクホクのポテトフライだった。
「おいしい。」
「だろ。うちでは野菜をミックスしてるから、いろんな味がたのしめるぜ。」
揚げているのはイモだけではないらしい。値段を聞くと小さいのが銅貨1枚ということなので、ひとつもらう。紙コップくらいの円錐形の容器に入ったのが手渡されたので、それを食べながらマーサの所に戻ることにする。
手に持った容器を見ると、大きな葉っぱを丸めてできているようだ。そこにサイコロみたいに四角い野菜を揚げたのが山盛りになっている。色も基本的には茶色だけど、赤や緑がかったのもあるのは素材の色なんだろう。食べた感じもそれぞれ違っていて面白い。
ひと口サイズなのも食べやすく、肩に乗っているナインにも分けながら戻ったときには半分くらいになっていた。
「ただいま~。これ買ったんですけどおいしいですよ。食べてみますか?」
「おかえり。じゃあひとつもらうよ。うん、これはおいしいね。揚げ物は古い油を使ってる所もあるから気をつけた方がいいよ。ま、匂いでわかるけどね。」
なるほど。いい匂いにつられたのは間違っていなかったのか。
「それから、これさっき売れた分ね。」
そう言って銅貨を何枚か渡してくれた。四銅貨という普通の銅貨4枚分の価値がある少し大きく四角い穴が開いている銅貨も混じっていた。マーサはこうやって果物が売れた分のお金を、毎回わたしてくれる。
「ありがとうございます。わーい、これでまたおいしい物が買える。」
「おやおや。」
町で果物を売るというのも、マーサのおかげで想像以上にうまくいった。これは今の見た目が小さい女の子だから警戒されにくいというのもあるけど、声をかける相手を選んだ判断力も良かったのだと自画自賛してもいいだろう。それにかなり計算して友好度をあげようと頑張っている。そうじゃなきゃ、わーいとか言わないよ。
しかし魔法が使える世界に転生して、自分の魔力やナインの魔法を実際に目にしてはいるのだけど、町にきてからはそれらしいのが何も無い。
行き交う人からもわずかな魔力は感じられるものの、森の中の木とたいしてかわりばえのないわずかなものだ。
ピョン!
いきなり僕の髪の毛が持ち上がった。アニメなどのアホ毛みたいというか、妖気を感じたときにピンと立つ髪の毛のよう。しかしこれは妖気ではない。魔力だ。
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