第101話 ミルクの実


「わあ、すごい。」


家の裏で思わず感嘆の声をあげてしまった。しかしこの身体はともかく、声にはまだ慣れない。魔力が使えることよりも、かわいらしい女の子の声になってしまったことに違和感がある。

目の前には沢山の木がはえていて、枝には果実が実っていた。家の前のハーブ園だけでなく、反対側には果樹園があったということだ。

庭に果物があるという記憶から、僕はハーブ園の木苺のことだと思っていたけど、こっちがメインだったわけだ。一時転生によって記憶へのアクセスは可能なのだけど、やはり他人の記憶であるので解釈の違いのようなことはわりと起きてしまう。それと何を記憶しているのかということを知らないというか、例えていえば索引の無い本があるような感じだろうか。じっくり時間をかければ記憶の中身を知ることが出来るけれど、自分の記憶のように簡単に思い出せるものでもないということだ。


手近な実をもいで食べてみる。実物を見て思い出された知識によるとリンゴのように皮ごと食べることができる果物で、形は洋ナシみたいに上が細くなっているいびつな形だった。

その場でひと口かじってみると、リンゴに似てはいるけど少しちがうクリーミーな食感と味だった。せっかくなのでそのまま全部食べて昼のデザートということにした。

他にはオレンジのように皮をむいて食べる実や、ブドウみたいに小さな実が沢山なっているものが目に付いたけど、今はとらないで見るだけにしておく。


「あとはミルクの実がどこかにあるはず。」


記憶にあるミルクの実というのは、ヤシの実みたいに固い殻の実で、ヤシの実は半透明だけどミルクの実は乳白色の液体が入っているらしい。ココナッツミルクはたしかヤシの実の中に固まっている白い部分を砕いてつくるものだったはずだけど、ミルクの実は最初から溶けているという感じだろうか。

木の間を歩いていくと、ヤシの木に似た木が見つかってそれがミルクの木だった。

何とか手の届くところにも実がなっていたので手を伸ばしてもぎとると、どこからか声がした。


『よかったらボクにもミルクをごちそうしてくれないかな。』


声というよりは頭に直接語りかけるテレパシーのようなものか。

声のした方を振り向く。細かいことをいうと声ではなくテレパシー、おそらくは魔力的なものによる意思の伝達だというのはそれなりに魔力になれてきていたので感覚的にわかった。

目の前にいたのは、猫みたいな小動物だった。色は白っぽいがはっきりしない。輪郭もゆらゆらしていて定まらない。

試しに目をつぶってみると、予想通りに変わらない姿が見えた。つまり通常の目ではなく魔力の視覚で見えているということで、たぶん魔力的な存在だ。


『そろそろいいかな?』


「ああ、失礼。ミルクというのはこれのことだよね。」


手に持ったミルクの実を少し持ち上げて確認する。


『その通りさ。』


猫みたいな小動物はそう言い終わる間もなく僕の肩に身軽に飛び乗った。重さはほとんどないけれど、魔力の反応で肩がかすかに温かく感じる。


小屋まで戻る間はお互いに黙っていた。僕の方は何を話せばいいのかを緊張した頭で考えていた。

台所にあった深皿を手にとって軽く水でゆすぐ。それからナイフでミルクの実に穴を開けようとしたが、ヤシの実のように固い殻には刃が通らない。

記憶を探ってみたけど、ミルアは魔法でスパッと切り落としていたのでまったく参考にならない。


『何をしてるのかな。あまりじらさないで欲しいのだが。』


「いやどうやって穴を開けようかと考えているんだ。魔法でスパッと切る訳にもいかないし。」


『どうしてさ。簡単なことではないか。』


「そうでもないんだ。君に出来るのならお願いしたいくらいだ。」


『いいとも。魔力を少しもらうよ。』


肩の熱が少し強くなり、何かあったかと思ったときにはミルクの実の端が切り落とされていた。


「おお。」


『さ、はやくはやく。』


せかされたので、ミルクの実を傾けて中身を皿にあける。実の中身は記憶に違わず白い液体で、正にミルクだった。


「おまたせ。さあどうぞ。」


テーブルの上にミルクが入った皿を置くと、肩にいた何かは皿の脇に移動してミルクを飲み始める。舌でなめるようにして飲んでいる様子を見ると、やはり猫みたいだ。

僕は少しほっとした気分でイスに腰をおろす。手に持っていたミルクの実に残っていたミルクを試しに飲んでみると、ココナツミルクみたいな味がした。


『ごちそうさま。ひさしぶりにミルクを味わうことができたよ。』


皿のミルクを飲み終わった生き物は満足そうに口のまわりを舌でなめていた。


「どういたしまして。でもさっきの魔法を使えば木になってる実をとることもできるんじゃないの?」


『ミルアの木から勝手にとるなんて恐ろしいことは出来ないよ。』


ミルアのことを知ってるみたいだ。今の状況を正直に言うべきだろうか。

でも姿を見ても記憶から思い浮かばないということは、知り合いというわけでもないのだろうか。


「少し教えてほしいことがあるんだ。魔法のこととかこの世界のことについて。」


『ふーむ、魔法と世界の根源についてか。残念ながら一介の使い魔では役にたてそうもない。』


いまいち話が伝わらない。やはり転生のことを含めて正直に言った方がいいのか。それとも…。


「ああ、今の僕はミルアの身体を一時的に借りてるタダの人間で、魔法とか全然くわしくないんだ。この辺にきたのも初めてだし。」


転生については伏せて、身体を借りていることだけ話すことにした。別の世界とか言い出すと説明が長くなりそうというのもあるし。


『なるほど、それで結界にほころびがでてきたのか。だとするとまずいことになるかも。』


猫みたいな使い魔は、独り言みたいに何かブツブツと言っていたけど僕もやることなので特につっこまずに待っていた。


『そういうことならボクにできる範囲で協力するよ。』


「助かるよ。君のことは何と呼べばいいかな。僕のことはミルアでいいよ。」


『ボクはナインでいい。』


「それじゃあ、よろしくね。ナイン。」


そう言って指でナインの足に軽く触れる。


『さて、それじゃあ魔法について説明するよ。』


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