第五部 魔女転生

第99話 着火の魔法

5回目の転生では、なんと魔女に転生してしまった。

なぜかというと異世界転生といえば魔法だろうという単純な思いつきから。魔法のようなものが実在する世界はあるのだろうかと転生マシンの検索システムを使ったら、あっさりと見つかったので転生してみたという単純な話。

そしてなぜ魔女つまり女性に転生してしまったのかというと、これも単純というかイメージの問題で、魔法が使える誰かという検索語というか検索用思考パターンに魔女というのが混ざってしまったからのよう。音声入力ならぬ思考入力方式の転生マシンは思っただけで操作できるのが便利なのだけど、言葉よりもコントロールが難しい。つまり魔法のようなものが存在する世界の魔法使いに転生したいという入力をするのに、魔法使いではなく魔女と考えてしまうと女性の魔法使いという意味で判断されてしまうようなのだ。



目を覚ますと異世界の寝台の上だった。天井だけではなく寝具や身体の感覚も違うので転生が行われたことは間違えようが無い。今回は睡眠時の自動移行を試してみたので、転生は寝ているうちに行われている。希望する世界が存在することまでは事前に調べておいて、あとは転生期間や転生相手が普通以上に魔法が使える魔法使いであることといった条件を設定して睡眠後に自動実行するようにしておいた。

横になったまま手を動かしたりして、身体の動作を確認する。寝ている間に転生して少し時間がたっているからなのか、僕の意志と転生先の身体はしっかり馴染んているようだ。

少しするとこの身体の持ち主の記憶にもアクセス可能になる。森の中に一人で住んでいる魔法使いである彼女の名前はミルアというようだ。って、彼女?

どうして女性に転生してしまったのかを少し考えてみたけど、自動でやったせいだろうと結論付けた。転生条件の入力でミスってしまったらしいというのは、しばらくするまで考え付かなかった。

立ち上がってみると、転生前の身体と比較すると少し小柄な体格であることがわかった。これはドアなどとの比較なので、そういう物のサイズが元の世界と同じだとしてのことだ。しかしそれほど違和感はないので何とかなりそうだ。その場で何度かジャンプしてみたが問題ない。


寝室として使っている狭い部屋から出ると、少し広くてテーブルのある部屋があった。アクセス可能になったミルアの記憶によると、この小屋の部屋としてはこの二つだけで、台所やトイレなどもある。

とりあえず顔でも洗おうとして台所に行くが、水瓶に水は入って無かった。記憶によるといつもは魔法で水を出していたようだ。

しかし今の僕にはどうやって水を出すのかはわからない。身体に魔力のようなものがあるのは感じられるけど、それをどう使えば水が出せるのかがわからないのだ。


せっかく魔法使いに転生したのに。


仕方なく木のバケツを持って水をくみにいく。近くに小川があるのは記憶からわかっていた。

家は森の中にぽつんと立っていて、家の前は庭になっていて沢山の植物が植えられていた。花だけでなく草からもいい匂いがしていたので、ハーブのような植物なのだろう。実がなっているのもあった。

森の中を少し歩くと目的の川にでた。バケツに水を汲み、ついでに顔も洗った。

水の入ったバケツはそれなりの重さだけど、特に苦労することもなく持つことができた。川は少し低くなっているところを流れているので斜面を登ることになるけど、バケツを手にしたまま身軽にほいほいと登れた。今の身体は小柄だけども力はあるみたいだ。これは魔力によって強化されていたりするのかもしれない。


汲んできた水の一部は鍋で沸かすことにした。見た目はきれいな水だったけど用心の為だ。

カマドの横にマキが積まれていたけどホコリをかぶっていた。いつもは魔法でやっているのでマキは使わないらしい。

マキをカマドの中にセットしたけれど、マッチはない。少し探したら火打石らしきものを見つけたのでカチカチやってみたが匂いだけで火花は出ない。たしか火打石同士ではなく鉄に打ち付けないとダメで、石ではなく削られた鉄が火花になるのだったはずだ。だいぶ前に行ったキャンプでそんな話を聞いたことがある。その時に木の棒を使って火をつける方法も見たけど、ヒモを使って棒を回す仕組みは忘れてしまった。あともうひとつあったけど、それも器具がないと出来ない。


魔法使いなんだから魔法で着火くらいできないのかと頑張ってみたけど、無理だった。指先に力を入れたり、火をイメージしても何も起こらない。魔法の使い方というのは、今の僕にアクセス可能な記憶には見つからないのだ。

魔法を練習していたときの記憶はいくつか思い出せたけど、結構大変そうだった。例えて言うならピアノで一曲演奏するくらいの手間をかけて、ようやく小さな火が出せるという感じだろうか。そしてピアニストに転生してもピアノが弾けるわけでもないように、魔法使いに転生しても魔法が使えるというわけでもないようだ。


しかし、身体に保持されている魔力は確かにあるようで、少し力を入れると魔力が放出されて風が起きることは確認できた。つまりピアノは弾けないけど、指で鍵盤を叩いて音を出すことはできるということだろうか。

しばらく練習して、魔力の放出?だけはわりとスムーズにできるようになった。風を起こすだけでなく、両手で挟んだ部分の空気を圧縮することも出来た。でも圧縮した空気を飛ばそうとすると、すぐに広がってしまう。


空気の圧縮ができるならと、前に見たことのある方法で火がつけられないか試してみることにした。ファイアーピストンと呼ばれる金属製の注射器みたいな器具で、空気をぎゅっと圧縮することで火を付ける。自転車の空気ポンプを使ってると熱くなることがあるように、空気を圧縮すると温度が上がるので、それを利用するのだったと思う。

カマドの手前にマキを置いて、その上に綿ぼこりを丸めてのせる。両手をかざして綿ぼこりの場所に合わせて空気の圧縮をするが、バランスが悪いのか綿ぼこりがコロコロころがってしまう。

何度かの失敗の後、綿ぼこりが赤くなった。発火成功だ。

そのままマキごと綿ぼこりをカマドの中にいれ、木の皮や細い木のくずなどで綿ぼこりの周囲を囲むようにする。そこに軽く息を吹きかけると、綿ぼこりの赤いのが強くなり炎も出てきた。それが周囲の木に燃え移ると後は簡単だった。マキが良く乾いていて燃えやすかったのもあるだろう。


お湯がわいたので、庭から取ってきたミントみたいなさっぱりする匂いの葉と、リンゴみたいな香りの花を入れてハーブティーにした。木苺みたいな赤い実もあったので、いっしょにとってきた。

ハーブティーは味はほとんどしないけど良い香りで、お湯のままよりはいいかなというレベル。木苺みたいな実は酸味が強いけど甘さもあって、野生の木の実という感じだった。

台所の棚からハチミツが入った壷を見つけたので、それを入れるとハーブティーはだいぶ飲みやすくなった。ハチミツ以外の壷もあったけど、中身は塩とか香辛料みたいなので、すぐに食べられるようなものではなかった。


ハーブティーとちょこっとの実が異世界での最初の食事。朝食にしても少ないなあと思ったけど、意外にもお腹はすいていない。


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