第88話 追想
「そういえばダニール、君に聞いてみたいことがあったんだ。」
居住エリアの上層にある個人用の部屋に落ち着いて、持ち込んだ飲み物で休憩しながらダニールに質問した。部屋にはベッドやイスなどもあり、何百年前のものとは思えないくらいに普通だった。
「なんでしょう。私に答えられることならなんでもお答えします。」
「君の過去についてだ。君は人によって作られた機械であり、だからマスターとして選ぶのはヒトでなくてはならないと前に言った。君にとっては仕えるべき人間とはヒトのことだからだ。」
「その通りです。」
「しかしそれにしては君の行動がフト寄りな気がする。例えば君が今のヒトに対して言葉を教えたりすることもできたのではないかな。」
「そうですね。まず私の判断でヒトに対して何かをさせることはできないのです。」
「それはどうして。あ、ヒトに従う立場だからヒトに対して命令するようなことはできないということかな。」
「はい。ある程度は言葉にされていない要望を推測する形での自発的行動や提案などは出来ますが、基本的には命令されたことを行うように作られているのです。」
「なるほど。フトの場合は同じヒトに命令される立場だから何かを言ったりさせたりがやりやすい。そういうことでいいのかな。」
「それもあります。しかし私がフトに対する援助のようなことを行っているのは、前のマスターの願いによるものです。」
「へえ。よければその話を聞かせてくれないか」
僕の言葉にダニールはうなずくと、語りはじめた。
私のマスターは、ここと似たようなステーションで管理作業をしていました。通常の業務はコンピュータが行い、自動機械も各種働いていましたが人手が必要なこともあったからです。
たとえば訪問者や滞在者の利用登録のような人間が対応した方が良いこととか、公共の居住エリアの模様替えのような非定型的な業務が主な仕事でした。私はそのサポートの為に作られました。
比較的高度が低い低軌道ステーションだったので地上からのアクセスが楽な為、無重量状態での実験であるとか観光目的など多種多様な目的での訪問者がありました。
もっと上の静止衛星軌道ステーションへ行くための中継として使われることもありました。地表まで届く宇宙エレベータがあっても、地上で赤道にあるエレベータ乗り場まで移動してから比較的遅いエレベータで上がっていくよりは、宇宙船を乗り継いで行く方が楽だと判断する人もいたからです。
地上では人の仕事を補助する動物としてフトが使われていましたが、宇宙では私のような機械の方が空気や食料を消費しないメリットがあるため多く使われていました。
ただしここのような低高度のステーションに短期滞在する地上からの客のなかにはフトを連れてくる人もそれなりに存在しました。短期間の為だけに購入するには私のような機械は高価でしたし、機械よりも生き物の方がいいという考えの人も地上には多かったからでしょう。
私の主人は人間としては少し変わっていて、私のような機械や人間ではない動物のフトに対しても人間と同じように接していました。当時のフトは、今のヒトと同じようにほとんど話すことはできませんでしたが、言われた言葉を理解することは出来ていました。
その後、宇宙と地上の間で戦いが起こり、地上からの攻撃で私のいたステーションは破壊されてしまいました。私とマスターは地上へ避難することができたのですが、宇宙からの攻撃による異常気象などで地上の生活環境はかなりひどいもので、マスターは間もなく死亡しました。
マスターの生前の言葉として、新たなマスターが見つかるまでは生存を優先して自律して行動するように、また出来る限りフトの手助けをして欲しいと言い残されました。
そしてその願いに答えられるよう、今まで行動していたということになります。
ダニールの話はかなり長かったが、覚えている範囲でまとめるとこんな感じだ。
「なるほどね。つまり彼の生前の願いがダニールの行動を決めたというわけなのか。」
「その通りです。ひとつ訂正させていただくなら、彼女です。マスターは女性でした。」
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