第59話 逃走
今にして思えば、どうして初対面に近い人の言うことをきいたのかとも思うのだけど、その時は言われるままに渡されたフード付きのコートを着た。
「フードもかぶって。」
フードをかぶっると視界が悪くなるけど、逆に僕の顔も見えにくくなる。なるほど。
「つまりこれで僕がヒトであることを隠すわけですね。」
「その通りよ。いっしょに来てもらえるかしら。」
ここで強引に来るようにと言われていたら断っていたかもしれない。しかし質問の形で僕に同意を求めてきたことが、いっしょに行こうと決めた理由の一つだと思う。
この時は研究所でのわりとひどい扱いに腹が立っていたし、それならこのヒト愛護団体の人らしき女性について行った方がいいのではないか。アレク技官には世話になった恩はあるとしても、ここに連れてきたのもアレク技官だしなあ。
ふりかえってみればそんなことを考えたのだと思う。
「行きましょう。僕のことはダンと呼んでください。」
「ありがとう。私はアンナ。」
彼女はそういって笑った。
非常口を彼女に続いて出ると、建物を回りこむようにして入り口の方に向かう。騒ぎ声がだんだん近くになる。
「このまま皆に合流するわ。顔を見られないように注意してね。」
「了解。」
小走りで移動する彼女の後ろ姿に長い髪がなびいている。後姿で声だけ聞いてる方が素敵だなと、そんな失礼なことを考えていた記憶がある。
「ヒトを解放しろ~!」
「ヒトに自由を~!」
研究所の入り口に近づくと、デモ隊の声が聞こえてきた。アンナと僕はデモ隊の集団の後ろに気づかれないように合流した。アンナは仲間らしき人に何か話している。
建物の入り口は閉ざされていて、中に所員が集まっているのが見えた。警備員っぽい人は外にいて、デモ隊に敷地から出るように訴えてる。
「でていかないと警察を呼ぶぞ。」
などと言っていたが警察はすでに呼んでいたみたいで遠くからサイレンの音が聞こえてきた。程なくオレンジ色のライトを点滅させて警察のパトカーがやってきた。ライトが付いてる状態は初めて見たけど、結構離れた場所からでもはっきり見えた。
パトカーが来る前にデモ隊は敷地の外に出た。すぐに2台のパトカーが到着。
門から研究所内にパトカーが入り、やってきた警察官と研究所の所員たちが何か話している。警察官は徒歩で外にも出てきて、デモの代表者らしき人と話をしていた。しかし逮捕とかはしないみたいで、単なる注意ですませるようだ。
「ダン。こっちに来て。」
門の中が見える場所に立って中をのぞいていた僕にアンナが声をかけてきた。ちょうど中にいる警官と外に出てきたアレク技官が何か話しているところだったので気になったけど、服を引っ張られたのでそちらに移動する。
アンナの周囲には僕が着ているようなフード付きの服を着た人が何人かいた。同じ服ということはグループなんだろうか。
「もう少ししたら解散するから、それまで目立たないようにしていて。」
「わかりました。ところで僕のことを知ってるのは?」
「このグループだけ。」
アンナは身振りで周囲のフード付き服の集団を示す。
「今日はこれで解散する。明日もまた、頑張ろう!」
デモ隊の代表らしき人が宣言した。警察との話し合いの結果なのか、それとも毎日やってるみたいだからだいたい今頃に解散してるんだろうか。もしかしたら敷地に乗り込むのもお決まりのことなのかもしれない。
デモ隊はばらばらに、それでも数人のグループでまとまって帰っていく。どこかに車でも止めてあるのか、誰かが迎えにきてくれるのか。
アンナのグループは迎えがくる方だったようで、少し歩いたところで車がやってきた。2台の車に分散して乗る。
「もうフードを外してもいいわ。」
アンナに言われたのでフードを外し、ついでに服も脱ぐ。いちおう借り物なので、たたんでからアンナに返す。車の窓は外からは真っ黒だったけど、中からだとうっすらと外が見える。
「ありがとう。おかげで助かったよ。」
「まだ油断はできないわ。あなたがいなくなったのに気が付いたら追っ手がかかるはず。」
「そうなのかな。話せるヒトは珍しいかもしれないけど、それほど重要というわけでもないんじゃないかな。」
僕は研究所での扱いを思い出して、そんなことを言った。
「いいえ、あなたは重要なの。この世界をひっくり返せるかもしれないほどの。」
アンナは真顔でそう言ってたが、僕はなんかラノベみたいだなとのんきに考えていた。
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