第58話 研究所

研究所にはそれほどかからずに着いた。入り口には電車の中のニュースで見たヒト愛護団体らしきデモ隊がいた。ニュースがごく最近のものだったのか、それともいつもいるんだろう。ぱっと見で数十人はいて、服装はさまざまだけど顔を隠している人が多い。マスクをつけたり、レインコートのような服を着てフードを深くかぶった人も何人かいた。豚人の顔だとマスクのヒモは耳にかけられないけどどうするんだろう。頭の後ろにまわすようになってるのだろうかなんてことを考えた。

車が近づくと入り口から避けて通り道を開けてくれたのは過激じゃない穏健な団体だからなのか、それでも車の窓に向けてプラカードを向けてはきた。ヒトを自由にとか、ヒトに人権をみたいなことが書いてある。

僕に気が付くと、声でもヒトを解放しろなどと言っているのが聞こえた。


「なかなか大変だね。」


というアレク技官の言葉に、


「本当ですよ。」


と運転席の所員。


「実は非人道的な実験とかしてるんじゃないですか?」


とちょっと露悪的ではあるけど言ってみた。

これは、そんなことないよという答を期待してのものだったのだけど、所員はだまってじろりとにらんだだけだし、アレク技官も、


「君の身の安全については僕が保証するよ。」


と言って、他のヒトがどうなのかについては言及しなかった。



実際に研究所での扱いは、非人道的とまではいえないまでも、実験動物みたいだと思わされることがあった。

まず所長が挨拶したのがアレク技官だけで僕にはなかった。イスも勧められなかったけど、これはアレク技官が言ってくれて座ることができた。

お茶も出なかったけど、これもアレク技官が自分のをくれた。さらに僕の扱いについて人間と同様にして欲しいとアレク技官が言ってくれたけど、どこまで伝わったのだろうか。


それからゲームセンターのゲーム機みたいなイスとディスプレイなどがセットになった装置に座らされてテストをすることになった。頭に金属ネットみたいなのをかぶせられたのは、脳波を計るためだろうか。

その状態でディスプレイに出てきた映像を見て、回答するというテスト。前日にやった警察での知能試験を電子化して詳しくしたみたいな感じだけど、問題数が多いというかやってもやっても終わらない。

実験の担当をしている所員に少し休みたいと言っても拒否された。ちなみに自己紹介もされてないので名前も知らない。

昼の時間を過ぎてもテストは終わらない。担当者は自分だけ何かスナックみたいなものをぼりぼり食べていて、さすがに何か食べさせろと言って試験を進めるのを止めたら、やっと同じものを用意した。箱から容器に入れているときに箱を見たら、ヒトフードと書いてあった。ドッグフードみたいなヒト用に作られた食品だろう。あの所員が食べてたのも同じ物らしい。そういえばこのときに所員の胸の名札で名前を見たはずだけど、覚えてない。

ヒトフードと、勝手に入れた麦コーヒーが少し遅い昼食になった。食べたらすぐにテストを再開しようとする所員を制して、トイレに行った。

入り口から来るときにトイレがあったと思ったけどそれは人間専用で、ヒト用はそっちだと言われたほうに行くと通路の端の非常口らしき所の手前にあった。


トイレから戻るとまたテスト再開。しばらくやって、そろそろまた休憩がしたいなと思った頃に騒ぎ声が遠くから聞こえてきた。

館内放送で、デモ隊が敷地内に進入したので手空きの所員は玄関に集まるようにという指示がでた。

テスト担当の所員も様子を見に部屋からでていく。僕はそのままいるようにと言われたのだけど、せっかくの空き時間なのでまたトイレに行くことにした。まあ特に行きたかったわけでもないけど、部屋にずっといるよりは気晴らしになるかと思ったからだ。

それでもせっかくなのでトイレを済ませて廊下に出ると、ちょうど非常口から入ってくる人と鉢合わせした。黒いフード付きの服を着たその人物は、服装からしてデモ隊の一員だろう。


「また会ったわね。」


フードを外してそう言った人は、誰だ。顔に見覚えはないけど、髪が長いからもしかして駅のトイレで合った人?


「あなたを助けに来たわ。」


彼女はそう言うとフード付きのレインコートみたいな服を脱ぐ。下に着ていた服からすると、やはり駅のトイレの人だ。


「あー、ちょっと前に駅のトイレでお会いしましたっけ。」


この時の僕は、そんな感じのぼんやりしたことを言った記憶がある。事態の深刻さを全く理解できていなかったのだ。


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