第57話 自動車
ホームに入ってきた列車は新幹線よりも大きなサイズで、窓が飛行機みたいに小さなせいもあって無骨な印象を受けた。
ドアは外車のガルウイングみたいに上に開いた。
「さあ、乗るぞ。」
アレク技官に続いて僕も乗る。中は新幹線のグリーン車みたいに二人がけの席が両側にあり、中央部が通路になっている。
「ここだな。君が窓側に座ってくれ。」
「はい。」
言われるままに窓側の席に座る。窓が地球の電車に比べると小さいのは外から見たとおりだ。
「これは電車ですか。つまり、電気で動いてるのですよね。」
「ああそうだ。だがここまで乗ってきた車も電気だから、特に電車とは言わないな。鉄道でなければ列車かな。」
「そうですか。ちなみに車は、車としか言わないのですか。」
「ああ、強いて言えば最近は自動車とも呼ぶな。自動で動くようになったから。」
なるほど。偶然にも自動車は自動車ということか。
列車は気づくほどのショックもなく、スムーズにスタートしていた。
「しばらくは座ったままだ。退屈なら前のディスプレイでも見ていてくれ。」
座席の前も飛行機みたいにテレビ画面のようなディスプレイがついている。
画面に触ると明るくなった。
天気予報やニュースがあったので見てみたけど、まあそんなに面白いというものでもなかったが、たとえば天気図からこの辺の地形がわかるというような発見もあった。
ニュースも見た時は興味深かったような気もするけど、地球に戻ってこれを書いている時点では具体的内容はほとんど忘れてしまっている。一度見ただけのものは、あまり記憶に残りにくいようだ。
「ああ、この場所はこれから行く研究所だな。」
横で書類を読んでいたアレク技官が画面を見て言った。ニュースで、どこかの研究所とプラカードを持ったデモ隊みたいな映像が映ってる。
「これは何かの反対運動とかですか?」
と聞くと、
「ああ、ヒトの保護を主張する団体だ。」
と返ってきた。地球で言うとイルカの保護団体みたいなものなのかなあ。
「どんな感じの団体ですか。穏健なのとか過激なのとかいろいろあると思うんですが。」
「まあだいたいは穏健な団体で、ヒトの待遇改善なんかを求めている。中にはヒトにも人間と同じ人権を与えるべきだという主張の団体もある。それからごく少数だが、ヒトの収容されている施設から勝手に連れ出したりするような事件もたまに発生している。」
「なるほど。」
「君なんかは見つかったら大変だな。」
「それじゃあ、あまり話さない方がいいんですかね。」
「駅についたらそうしてくれ。」
「ヤー。」
たしか警察署にいたヒトのマックスがこんな返事をしていたなというのを思い出して、真似してみた。
だいだい体感としては1時間くらいで駅に到着した。高架になっているホームは出発駅と大差ないが、周囲に高い建物があまりないので遠くまで見通せる。
「ちょっとトイレに行ってきます。」
改札のゲートを出てからアレク技官に小声でことわってトイレに行った。小声なのは言葉が話せるのをおおっぴらにしないように用心したためで、恥ずかしいからとかではない。
トイレはすぐに見つかった。個室はヒトが利用できるのとそうでないのが別れていて表示があるが、小便器は特にどれでも使えるみたいなのではじっこで用をすませた。
すっきりした気分で手を洗ってからトイレを出ると、女子トイレから出てきた人にぶつかりそうになった。
「おっと、ごめんなさい。失礼しました。」
ぶつかってはいないが、礼儀として謝っておく。ぶつかりかけた相手はびっくりしていたようだが、怒ってはいないようで安心した。髪の毛の長いすらりとした女性で、やさしそうな顔だった。まあ豚顔なんだけど。
「お待たせしました。」
アレク技官と合流して駅からでると、迎えの車が来ていた。国立ヒト研究所と車に書いてあった。
「やあ、おむかえご苦労様。」
迎えに来た若い所員とアレク技官が挨拶をしている間、僕は目立たないように黙って立っていた。駅前にしては人が少ないが、それでも周囲には他の人もいる。少し離れたところにさっきトイレでぶつかりそうになった女の人もいて誰かと話している。豚人の見分けはあまりつかないけど、髪形と服装で区別はできる。
「よし、もう自由に話していいぞ。」
車に乗ると、アレク技官は言った。
「話せと言われてもとくに話すこともないんですが。ああ、初めての列車の旅は快適でした。それからお迎えありがとうございます。先ほどは目立たないように黙っていたので失礼しました。」
最後のは運転席の迎えの所員に対してのものだ。
「すごい、ほんとうに人間みたいに話せるんだ。」
運転席の所員はひとりごとみたいにつぶやいた。
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