第55話 牢屋

あまり医務室に長居するのもどうかと思ったので、もとの部屋に戻った。

廊下から入ったところの研究室みたいな部屋には豚人が何人かいたけど、アレク技官の姿は無かった。

なので試験をした小部屋に入って座っていた。いちおう目に付いた人にはことわった。アレク技官がどこにいったのかは知らないみたいだったし、仕事が急がしいのか単に話好きではないのかわからないけど、質問の返事をするとすぐに離れてしまった。

マリアみたいに話し相手になってくれるのが珍しかったのかも。


暇になったので、現在の状況を整理してみた。

今までは転生した先の相手の記憶があったので、だいたいの状況というのはわかっていた。それでも自分のものではない記憶を検索するのはむずかしく、検索ワードがわからないじょうたいで検索するみたいな苦労をした。

今回はこの身体の記憶というのがほとんどない。言葉もしゃべれなかったみたいなので言語的記憶は全く無し。体験の記憶としても、転生したときにいた刑務所だか牧場の生活風景の記憶くらいだ。


この世界での人間は、豚の顔をした豚人だ。この豚人というのは僕が勝手に呼んでるもので、彼らは自分達を単に人間と呼んでいる。

僕が転生している地球人にそっくりの種族はヒトと呼ばれている。言葉の意味は特に無いみたいだ。猿という動物も存在するが、ヒトのことを毛のない猿と呼んだりはしない。

これは不思議な感じがしたのだけど、地球でも豚のことを毛の無い猪と呼んだりはしないので同じことだろう。おそらくは地球での豚のように古くから生活にかかわっていたので個別の呼び名があるといったところではないだろうか。


ヒトの扱いは、犬などのペットよりは少し上になるのか。あえて地球上の何かに当てはめるならば、奴隷制度があった時代の奴隷に近いのかなあという感じがする。地球の場合は奴隷も同じ人間であったわけだけど、この世界では豚人とヒトは別の種族。ファンタジー的に言えば人間と亜人種といった感じだろうか。この場合の人間というのが豚顔のいわゆる獣人で、亜人がわれわれ地球人そっくりのヒトだというのが何とも皮肉な感じだ。


実際にこんな世界にヒトとして生まれ育ったら大変なのだろうけど、一時転生の身としてはゲームや物語みたいな感じで気楽に受け止めている。何かあったら強制帰還が使えるというのも大きい。


今のところ最初に目覚めた場所とマイの家、それからここの警察署内部しか見ていないけれど、技術レベルとしては現代地球と大差ない感じだ。自動車の自動運転はちょっと進歩してるけど、他の建物や設備の見た目はそれほど目を見張るような差があるわけではないので。


それから銃はあるけど拳銃は一般的ではないようで、警察官も装備していない。それで大丈夫ということは治安はいいのかな。警察が持ってないということは、犯罪者側も拳銃は持っていないのだろうし。



「やあ、ここにいたのか。」


アレク技官が戻ってきた。


「しばらく医務室にいたんですが、いつまでもおしゃべりして仕事の邪魔をしてはわるいので戻ってきました。」


「マリアに聞いたけど、旅行雑誌を読んだりしてたのだって。」


「ええまあ、なにか読むものをとお願いしたら出してくれたので。」


「旅行というわけではないけど、明日はちょっと遠くまで行くことになりそうだ。」


「それは僕を調査するために、ということでしょうか。」


「まあそんなとこだ。君のことを連絡したら、ぜひ直接調べたいと言ってきた所があってね。その代わりと言ってはなんだけど、君の希望はできる範囲で対応するよ。」


「希望というか、今晩眠る場所も自力ではどうにもしようがないので、どこかお願いします。あと僕が逃げ出した所、たぶん牧場か何かだと思うのですが、そこが僕を探したり連れ戻そうとしてはいないのかがちょっと心配です。」


「ああ、君が逃げたという連絡は警察にも来ていたが、とりあえずは確認の為に警察で保護するということになっている。」


「そうすると身の安全とあるていどの自由はあるとして、服は用意してもらったし、食べるものと寝るところがあればとりあえずは大丈夫ですかね。」


「そんなところか。泊まる場所は、この署内に部屋があるので大丈夫だ。」


「牢屋とかではないですよね。いや、冗談です。」


異世界転生の最初の日は、警察署で泊まることになりそうだ。


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