第54話 牧場

指紋についてはマリアに聞いてみたら教えてくれた。


「私たちの手の指には、あなた達ヒトのような模様はないの。でも爪の形の違いで絞り込んだりはできるので、手の跡も調べたりはするみたいね。」


どうも足跡程度のものらしいが、手の跡も捜査にはつかわれるみたいだ。


「髪の毛とかはどうですか。特に毛根があると個人識別には有用みたいですが。」


地球の知識だけど、こちらの豚人にも髪の毛的なものは頭にあるので、同じだろうと思ったのだ。


「よく知ってるわね。血液型なんかは髪からもわかるし、毛根があれば遺伝子も判別できるのよ。遺伝子って、わかるかしら?」


「身体を構成している小さな細胞の中心部分にあるものでしたっけ。親子が似ていたりするのと関係ある。」


「すごいわね。お話出来るだけでもめったにいないのに、こんなに難しいことも知ってるなんて。」


めったにいないということは、話せるヒトもいるのかな。


「話ができるヒトというのは、他にもいるんですか。」


「有名なところでは産まれたときから人間に育てられたヘラというヒトが簡単な言葉は話せたという記録がのこっていて、伝記にもなっているわ。」


「その人は今はどこにいるんですか?」


「だいぶ前の話だから、もう死んでるはず。あとはたまにどこかの研究所が話せるヒトを発表することがあるけど、本当に簡単な言葉を話せるくらい。うちのマックスとかよりは話せるかな程度かしら。」


「なるほど。言葉での指示は理解できているし、発声器官もあるのだからもっと話せても不思議はない気がするのですが、そうでもないのですね。」


「あなたの話を聞いてるとそう思えてくるけど、本当に人間とかわらないわね。ダン。」


時間があったので、マリアとの会話でこちらの世界の事情を少しだけ知ることができた。アレク技官は僕をここに連れてくるとどこかに行ってしまったので、身体検査が終わってもとりあえず残っている。

医務室もヒマそうで、無愛想な医師は席を外している。休憩なのか別の場所での仕事があるのかはわからない。


「気を悪くしないで欲しいのですが、何か読むものがあったら見せてもらえませんか。」


「別にいいけど。何がいいかしら。」


マリアは何冊かの雑誌みたいなのを持ってきてくれた。その中から旅行ガイドみたいなのを手に取った。

たぶんこの世界での有名観光地などがピックアップされているのだろう。写真があるのでわかりやすい。遊園地みたいなレジャー施設とか、ブドウみたいな果物の畑、それに温泉もある。


「ありがとうございます。こういう一般社会のことはあまり知らないので。」


雑誌に集中してマリアを無視して気を悪くされても困るので、声をかけておく。


「あなた写真を見るだけでなく、文字も読んでるのね。」


「はい、だいたいは理解できます。」


不思議なことに、言葉を話せるのと同様に文字も読める。この身体の持ち主は知らなかったはずなのに、それが可能なのは不思議だ。転生マシンの機能だったりするのかな。


この世界の人間である豚人も家族で旅行に行ったりするだけでなく、地球人と同様に犬を連れて旅行に行く人も多いというのがわかった。犬連れでもOKの宿であるとか、放し飼いにできるエリアがある公園などの情報もある。こちらの世界でも犬はペットとして一二を争っているようだ。争っている相手はもちろん猫だ。

ヒトはというと、犬よりは人間に近い扱いで、ペットではなく荷物持ちなどの仕事を行うので犬猫のペット不可でもヒトはいいという宿が多い。たまにヒトもだめな人間オンリーという宿もある。


「牧場もあるんですね。牛に羊か。」


観光用の牧場で、牛の搾乳体験とか羊の毛刈りなども行われていて、そんなところは地球とそっくりだ。豚の牧場もあったけど、こっちにはないのかなあ。

それとヒトも牧場で育てられたりするんだろうか。僕が目覚めた場所は何となく牧場と雰囲気が似ていないこともない。


「豚やヒトの牧場もあるわよ。」


そういえば地球の豚は猪を家畜として育てていて変化したものだと思ったけど、こちらの世界でもそうなんだろうか。そしてヒトは…。


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