第53話 食文化
豚肉を食べる豚人の風習についてはなんとか理解したというか、そういうものなのかと思うことができたのだけど、食堂ではもう一つのカルチャーギャップが僕を苦しめた。
たとえばインドやスリランカでは手を使って食べるのが伝統みたいだけど、それを知らないでいきなり料理を手づかみするのを見たらびっくりするのではないか。
それでも手づかみなら、日本でもおにぎりとかピザとかは手で食べたりするわけで、まあ理解しやすいだろう。それに食文化というのはその国や地域でそれぞれであり、どちらが優れているとか、変な食べ方だという基準はない。どれもが平等であると考えるのが理性的な態度である。僕はそういったことを頭のなかで考えて、笑い出すのを必死にこらえていた。
何故かというと、食事をしている豚人の何人かが食器に鼻を突っ込んで犬食いをしていたからだ。
「さっきから震えているが、どこか調子がわるいのかね。」
「いえ、大丈夫です。」
笑いをこらえているというのは言えなかった。
僕らが食事を終えるころには食堂もだいぶ混雑してきて、他人が食事しているのを何とはなしに目にすることになった。
僕達と同じような定食系の料理を食べている人はフォークなどの使用率が高いけど、ボウルのような大きなドンブリに入った料理だと犬食い率が高くなる。
日本での食器に顔を近づけて食べる犬食いではなく、本当の犬みたいに手を使わずにガツガツと食べている。
「アレク技官。もう食事はおすみですか?」
帰りぎわに、若い女性に声をかけられた。豚顔だけども見ただけで若い女性とわかるような、かわいらしい感じ。体型は多くの豚人がそうであるようにぽっちゃりとしているけれど、身のこなしは軽やかだ。
「ああ、これから戻るところだ。そうだ、昼過ぎになったら彼を連れて行くので身体測定を一通りお願いするよ。」
彼というのは僕のことらしい。
「あら、新しい助手ですか?」
「ちょっと違うが、僕が預かることになったんだ。ダン、こちらはマリアだ。」
これは挨拶しろということなのか。
「こ、こんにちは。」
笑いをこらえているため、少し変な感じになってしまった。
「あら、挨拶もできるんですね。よろしくね、ダン。」
マリアはヒトである僕に対しても特に偏見無く挨拶してくれた。見た目も良し、性格も善良そうな素敵な女性だ。まあ顔は豚だけど。そして…。
食堂を出てアレク技官と廊下を歩いているうちに、とうとうこらえ切れなくて吹き出してしまった。
ブフォみたいな変な声をだした僕に
「どうしたんだね、さっきから変だぞ。」
アレク技官は心配して声をかけてきたので、食文化の違いによるカルチャーショックを受けたのだと説明した。
だってさっき会ったマリアも手にはドンブリを持っていて、フォークは無かったからきっと鼻先を突っ込んで犬食いするんだと思ったら…。
でも本人の目の前で笑出だすのを我慢できて良かった。
部屋にもどってからしばらく休憩したり、トイレにいったりして過ごした後で、医務室みたいなところに連れて行かれた。
「あら、いらっしゃい。」
マリアだった。
「ブフォッ!」
うっかり吹き出してしまう。アレク技官までいっしょに笑っている。
「す、すびません。ちょっと思い出し笑いをしてしまって。検査をよろしくお願いします。」
「すごい、こんなに話ができるヒトなんて。」
マリアは僕が話をしたことに驚いて、笑った理由についてはスルーしてくれた。
身体測定は身長や体重などから、血圧検査や指先から血をとったりもして、ちょっとした健康診断みたいでもあった。マリアとは別の無愛想な男性医師に、口の中に大きな綿棒を入れられて頬の内側をグリグリされたのは、細胞でも採取したのだろうか。最初、僕がヒトだから愛想が無いのかと思ったけど、マリアやアレク技官に対しても似たような感じだったのでそういう性格なんだろう。
警察内の医務室でこういう検査ができるのは、職員用なのかそれとも捕まえた容疑者の身体データをとるためのどっちなのかなと考えたけど、どちらもなのかもしれない。アレク技官もここで検査を受けたことがあると言っていたからだ。
そういえば僕の指紋は採取しなかったけど、これは容疑者じゃないからなのか、それとも豚人だと指紋に相当するのが無かったりするのか。
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