第10話 幼馴染は眼鏡っ子

洗面所で歯を磨く。歯ブラシは棒の先に毛が付いていて、まあ元の世界のとだいたい同じだ。歯も前歯や奥歯の形などは人間とわりと似ている。舌もあって、味覚も似た感じなのはさっきの食事で確認できた。

鼻は人間とは違っていて、鼻の穴も一つだし、中に舌みたいなのがある。これは言葉を話すために発達したんだろうか。鼻と口は閉じた状態だと似たような見た目だけど、普段は鼻は開いているので区別は容易だ。


学校に行く準備としてはランドセルみたいなリュックサックタイプのカバンに必要な物を詰めるのだけど、これは昨夜のうちにやってあった。えらいぞカンカ。

靴下をタンスから出したら、変な形だった。普通の靴下がL字型やJ字型だとすると、Y字型の靴下だった。足の形が前後に均等に伸びているからそうなるのだろう。

手の指は両側が親指みたいだけど、足は前後に巨大化した親指があり、残り3本の指は横向きにくっついている。別の言い方をすれば、かかとが無く前後につま先があるような感じだ。靴下を履くのには少し苦労したけど、両側のつま先を伸ばして足をTの字からYの字にすることで何とかなった。


靴も靴下と同じようにはいて玄関を出た。いつもよりは少し早めの時間だ。

家の前はそれほど広くは無いけど庭になっていて、駐車場らしき場所もある。車が止まっていないのは父親のダンダが出勤済みだからだろう。

家の形もそれほど変わったところは無い。人間と同じような体型の生物が暮らすのだから、家も同じような形になる。四角を基本にした家で、屋根は斜めになっていて雨が流れるようになっている。他の家だと屋根が平らで屋上みたいになっているのもある。

ドアの大きさや形なんかもあまり変わらないけど、これは今の身体を基準にしての話で、実は今の身体の客観的な大きさは不明だ。ガリバー旅行記に出てくるような小人や、逆に大きな巨人だったりする可能性も無いとはいえない。ガリバーのように身体ごとやってきているのではなく、精神だけの一時転移なので比較対象になる身体は無い。でも水の流れ方が同じようだったので、そんなにサイズに違いはないはず。これが虫みたいな小人だったら水滴がもっと大きくなるはずだし、巨人ならその逆だからだ。でも水の表面張力が同じかどうかも確定したわけではないしなあ。


「おはよう。」


家の前でいろいろと考え込んでいたところに、声がした。声の方を見ると、といっても周囲すべてが目には入っているので注意を向けると、隣の家から出てきたライラだった。

ライラはカンカの幼馴染で、関係は普通。付き合いは長いけど、将来を誓った間柄とかではないし、気まずい関係とかでもないというのが、ライラを見て即座に検索したカンカの記憶による情報だ。


「おはよう。」


「今日は早いんだ。いっしょに学校に行こうよー。」


並んで学校に向かうことにする。学校への道順のような非言語の記憶は検索するのが難しいので助かった。ライラは女の子で、伸ばした髪をお下げにして斜め後ろに振り分けることで後ろの視界もふさがないようにしてる。カバンは前向きに背負っていて、僕がランドセル式に後ろに背負ってるのとは逆になる。逆と言えば体の向きも、ライラは膝が前に向く方向に進んでるので、逆になる。通学中の他の子供を見ると、カバンをどちらに背負うのかや、進行方向と膝の向きはバラバラで、元の世界の右利き左利きみたいにどちらかが多いというのは無さそうだ。

そうやって周囲を観察しながらも、視線はライラの顔に向かってしまう。


「どうしたのよー。私の顔になにかついてる。」


「何かって、いや、眼鏡をかけてるなとおもって。」


「何よう、前からかけてるでしょー。」


確かにそうなのだけど、「ライラは眼鏡をかけている」という言語化された記憶があっても、実際に眼鏡を見るとびっくりする。何しろひとつ目の顔にかける眼鏡だ。

レンズは楕円形でこれは元の世界と同じだけど、レンズはひとつ目用の1枚だけ。その両側に三角の枠が付いていて、三角形の端から伸びるツルが耳にかかっている。

正面から見ると目を拡大したような形で、黒目の部分がレンズになっている。耳は人間のように後ろ側に外耳があるのではなく、上側にフードみたいになっていて先が少しとがっているのがエルフっぽいか。とにかく、眼鏡のツルをかけるには問題が無い形状だ。

人間のように前後が明確で無い身体なので、耳も前方の音を優先的に聞く形状にはならず、前後対称な今の形に進化したというところなのだろうか。


「そういえば後ろは眼鏡をかけてないんだね。」


「後ろはそれほど見えなくても平気なんだよー。」


「そうなんだ。でも眼鏡似合ってるよ。」


「今日はちょっと変なんだよー。」


ライラはそう言うと急に早足になって先に歩いていったので、遅れないように後をついていく。自然な会話というのは難しい。自分が小学生くらいの時は、女の子と2人で話したりしたことはあまりなかったしなあ。まあ最近もそういうのは無かったか。


その後は特に会話も無く前後に並んで歩き、しばらくすると目的地の初等学校に到着した。




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