第9話 異世界での普通の食事

着替えはタンスの中に入ってたので、一番手前にあったのを選んだ。半袖よりも少し長いシャツと半ズボンの少し長い感じの服。寝てるときに着ていた寝巻きも似たような服だが、それよりも少し厚めの布を使っている。服を脱いだり着たりは問題なくできた。

洗面とトイレも特に問題なし。水が出てくる蛇口と水を受けるボウルは必然的に同じになるので、少し変わったデザインの洗面台だなというくらい。顔は両面を順番に洗った。

蛇口から出てくる水は、口に含んでみた感じでは水に間違いないと思う。


トイレもどっち向きに座るのかを迷ったくらいでたいした苦労はしなかった。今の身体のカンカの記憶によると、膝が逆に曲がる状態が正面のようだけど、人間時代の記憶に合わせて膝が正面になるように座った。おしっこの出る器官は人間と大体同じで、向きとしては膝がある側についてるので、やはりこちらが前なのだと感じてしまう。

トイレは水洗だが、洗浄液を含んだ液が自動で流れるところは元の世界よりも進んでる。


いつも食事をしている部屋に入ると、カンカの母親のマイマがいたので挨拶をする。


「おはよう。」


「おはよう。ご飯できてるから、早く食べなさい。」


この辺はいつものやり取りなのだろう。カンカには僕という異世界人の意識が入っているのだけど、特に疑う様子は無い。フィクションなどでは母親は自分の子を見分ける不思議な力があるみたいに書かれることがあるけど、実際はそうでもないみたいだ。

僕はいつもカンカがやっているように食事が用意されている席に座る。テーブルとイスは異世界であっても普通で、イスに背もたれはなく座面が丸や四角ではなくくびれた部分のあるヒョウタンのような形なのが少し変わってるくらいだ。

部屋まではカンカの慣習に合わせて膝が後ろになる向きで進んできたので、イスにもそのままの向きで座った。さて、異世界での最初の食事はどんなものなのか。


料理は豆と似た大きさと形の植物が入ったスープにコップに入った牛乳、これは牛と似た動物の乳らしい。他に一口大に切った野菜や果物が入った皿がある。朝はだいだいこんな食事なのは、カンカの記憶からわかった。しかし記憶にはあるといっても、体験としては異世界で最初の食事なので、わくわくしている。

でも、どうやって食べたらいいんだろう?


食器はわかる。スプーンとフォークが一体化したような物があるので、それを使えばいい。しかし食べるための口が問題だ。


今の身体の正面には口が無い。反対側にも口は無く、どちらの顔にも目が付いているだけだ。口は顔の横、耳の下についている。今の体勢だと顔の左側に口があり、右側には鼻がある。これでどうやって食べるのか。記憶を探ればいいのか、えーっと。


「どうしたの。はやく食べなさい。」


マイマにせかされたので、とりあえず左側の手で食器を持つ。

簡単そうなところで緑色のキュウリみたいな野菜を突き刺して口に運ぶ。味もキュウリみたいだ。

口を動かしながら、記憶を探り、正面のマイマも観察する。僕を待っていたのかマイマも食事を開始したからだ。マイマは向かって左側の手に食器を持ってる。彼女にとっては右側の手で、口もそちら側にあるので、カンカとか逆の向きに座っていることになる。

身体のどちらを正面にするのかは人によって違うのか。元の世界での右利きと左利きみたいに。

食事はマイマの食べ方の真似をするように身体を動かすと、自然と身体が動いた。あまり意識しなければ習慣で身についた動きができるようだ。意識と少しの記憶は僕のものだけど、身体を動かす基本記憶はカンカのものが使えるのだから大丈夫だ。さっきは意識的に考えすぎたのがまずかったようだ。言葉を話すときだって口の形をどうやってとか細かく考ないで話してるのだから、それと同じでいいのだ。


食事の味についてはあまりこれぞ異世界という異様な味とかは無かった。スープは豆というよりは麦みたいな穀物に近い食感で、普通の塩味。キュウリみたいなの以外の野菜もそれほどかわりばえはなく、果物も甘酸っぱくておいしかったけどせいぜい知らない外国の果物かなというくらい。

他に気が付いたのは、今の身体は口と鼻からの経路が完全に分離されているということ。人間のように食べたものが気管につまったりということはなく、口からは胃に、鼻からは肺につながってるようだ。正確には胃や肺に相当する臓器ということだけど、多分似たような臓器だろう。


「今日は全部残さず食べたのね。ピリピも食べられるようになったのね。」


マイマがフルーツを食べながら話しかけてくる。口と鼻が分離しているので食べながら話しても問題はない。ちなみに話すのに使っているのは口ではなく鼻だ。


「うん。いつも全部食べるように言われてるし、がんばれば食べられるよ。」


とりあえずそう答えたけど、カンカには苦手な野菜があったようだ。ピーマンみたいな緑色の濃い野菜のピリピがダメみたいだ。しかし僕が転生してる状態だと別に平気だったということは、食べ物の好き嫌いは身体が受け付けないというよりはカンカの意識の問題なのかなあ。


「ごちそうさま。」


そういって席を立つ。実際に言ったのはこの世界の言語でのごちそうさまに相当する言葉なのだけど、元の世界でごちそうさまという言う時に「ご」「ち」「そ」「う」「さ」「ま」と分けて考えて話したりしないように、頭の中でごちそうさまと言おうとしたらこちらの言語で相当する言葉が発せられるということのようだ。


食後に歯を磨いたら、学校に行く準備だ。




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登場人物


カンカ:僕の一時転生を受け入れてくれた男の子。学校の勉強は不得意らしい。

マイマ:カンカの母親。

ダンダ:カンカの父親。未登場。

ライラ:カンカの幼馴染。次話に登場予定。


次話タイトル予定 幼馴染は眼鏡っ子

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