第二部 電子転生

第7話 2回目の転生と失敗

二度目の転生は失敗したと言っていいだろう。緊急用の帰還機能を使って急いで戻ってきたのだから。

それにしてもあんなところに行くなんて。小説やマンガの異世界転生では都合よく人間がいる世界に行っているけど、現実は厳しかった。

前と同じようにランダムに転移する条件だと何度やっても前と同じ宇宙生物がいる世界につながってしまう。理由をしばらく考えて、おそらくは的が大きいからなんだろうと思い当たった。

ボールを適当に投げて沢山ある的に当てる時に、的の大きさが同じくらいならどの的に当たるのかは同じくらいの確率だけど、直径1メートルの的と直径100メートルの的だったら大きいほうの的に当たりやすくなる。

それと同じような感じで、空間的にランダムに転生したとすると、身長2メートル程度の人間サイズよりも直径1万光年の宇宙生物に当たる確率がものすごく大きくなる。それが何度やっても宇宙生物が選ばれてしまう理由だろう。

空間だけでなく時間的にも宇宙生物の生きている時間はものすごく長いので、これまた確率的にアップする。


「これはどうしたらいいんだろう。」


転生先の検索をランダムでなく条件付にすればいいのだろうけど、宇宙生物を除くみたいな都合のいいことは無理みたいだ。人間を選びたくても自己認識としては宇宙生物も人間で、客観的な身体の大きさみたいなのは設定できない。これはまったく別の世界との共通する長さみたいなのが無いと客観的な長さが不明だからみたいだ。

使えそうだと思ったのは、ランダムの基準を物理的なものではなく対象意識の数に対して行うもの。これは的当てをするのではなく、それぞれに番号を振ってくじ引きをするような感じだろうか。身体の大きさや寿命とは無関係に、意識を持つ個体それぞれが平等な確率で選ばれる。

これなら惑星上に何億といる地球人みたいな生物の方が宇宙空間に浮かぶ巨大ガス球よりも数が多いだろうからいけそうだ。さっそく検索条件を変更して試すと、一度で宇宙生物じゃない相手が見つかった。やっと見つかった転生先なので、すぐに転生を開始した。この時もっと調べておけば良かったんだけど。



転生してすぐは意識だけが浮かびあがってくる感じで、周囲の感覚はない。しばらくすると転生先の身体との接続が完了するのか、身体を感じることもできるようになる。その感覚は何とも奇妙なものだった。

水よりもドロッとした水あめかゼリーのような液体に漂うクラゲみたいな生物。それが今度の転生先の身体から得た最初の感覚だった。また変なところに来てしまったか。

しばらくふわふわ漂ってるうちに、今の身体の基本記憶的なものも把握できるようになった。身体はクラゲというよりは不定形のアメーバか空に浮かぶ雲みたいな感じで、ここまでが自分の身体だというのがあやふやな感じで、これなら前の宇宙生物の方が明確だった。

周囲を把握するのは視覚ではなく嗅覚や味覚に近い感覚で、ぼんやりとした感じだ。自分と同じような不定形の雲みたいな感じのものが動いていたり、遠くの方にすごく大きなものがあったりするのが感じられる。


わかった、今の僕は電子だ。今の身体の基本記憶と元の記憶から考えて、今の僕の意識が宿っているのは電子だろう。遠くの方にある大きなのは原子核だ。つまり何かの原子の一部になっている。

電子というのはすごく小さな粒というか、大きさを持たない点だと言っても間違いではないくらい。それが意識を持った生き物だったなんて、信じることは難しいけど、自分が転生している状態では認めざるを得ない。

今の身体として認識しているふわふわとした不定形の雲は、電子そのものというよりは周辺にある沢山の光子みたいだ。電子というのはマイナスの電荷を持った粒なのだけど、その周囲には多数の光子が発生を消滅を繰り返して雲のようになっている。これは人間時代に読んだ物理学の本に書いてあったことだ。

電子というのは内部構造を持たない粒で、そこに記憶や意識が生じるはずはないのだけど、周囲の光子の雲も含めるなら可能なのか。まあ実際にそうなのだから疑ってもしかたない。

周囲のドロッとした液体のように感じられるものは、嘘みたいだけど真空だ。真空というのは何も無い状態なのだけど、原子レベルの微少な部分では光子などが発生と消滅を繰り返している。それが電子みたいに小さな今の身体にとってはドロッとした液体のように抵抗があるように感じられるのだろうか。何もない真空で勝手に光子が発生したり消えたりするのはエネルギー保存の法則に反している気がするけど、短時間ならエネルギーの法則に反しても問題ない。原子核の中の陽子や中性子を結び付けているのも一時的に発生した中間子で、これを予言したのが日本人科学者の湯川秀樹だ。しかし今の理論だと原子核を一つにまとめている強い力は、陽子や中性子のさらに内部にあるクウォークを結び付けてるグルーオンだと説明していて、中間子はどこにいったのか不思議になる。

しかしそんな趣味の原子物理学の話はいいとして、今のこの状態はどうしたらいいだろうか。


前の宇宙生物の時とは逆に、今の身体で感じでいる時間の感覚はものすごく早い。体感としての1秒が実際にはマイクロ秒かナノ秒で表せるくらいだろうか。なので原子核の周りをゆっくりと動いてるのが感じられる。

それはいいとして、今の身体の記憶によるとかなり変わっている。なにしろ宇宙生物にもあった自己と他者を区別する名前すら存在しない。自我のない存在だと転生対象にならないはずだから、何らかの自己意識はあるのだろうけどアクセス可能な記憶には存在しない。これも検索方法の問題なのだろうか。

しかしこのまま電子生物の身体に転生していても自分の自我が危うくなってしまいそうなので、緊急帰還でもどることにした。戻りたいと強く念じれば帰還用のシーケンスが動いてもとの身体にもどれるはず。早く戻れ、戻れ。


とまあ、こんな感じで二度目の転生はほんのちょっとの時間で終わりになった。


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