第2話 宇宙生物の身体

そういうわけで、いきなり始まったナナとの会話が終わった後も、しばらくこちらからは送信を続ける。マイクが故障したラジオ局みたいに、中身が無いマイクロ波の電波を送っているわけだ。でもせっかくだから何か送ってみるかと考えて、少し前にネットでみた数のパズルを思い出した。宇宙人にも解ける普遍的な解き方ができるのだと説明されていて、なんだか頭に残っていた。


数が1の時は0個

2や3の時も0個

4の時は1個

5の時は0個

6の時は1個

7の時はとばして

8の時は2個

9の時は1個になる。

では、7の時は何個か。


これがその問題。実はこの問題には二通りの答え方があって、地球人なら数字の見た目を使った答を出すことが多いだろう。僕もそうだった。

もう一つの答は、数字の見た目などではなく数の性質を使ったもので、アラビア数字や十進数を使っていない宇宙人にもわかると説明されていた。実際に宇宙人に問題を出す機会など無いと思ってたけど、せっかくの機会なので本当にわかるのか試してみることにした。

他には特に思いつかなかったので、データ無しのメーザーをもうしばらく送ってから終了した。僕がナナからの呼びかけに気づく前からも送られてただろう分もあわせて、これでだいたいエネルギーのプラマイゼロになってるはず。


その後は引き続き現状の確認。周囲に漂っている星みたいな点が、今の僕と同じような宇宙生物や、まだ生命になっていないガス球であることはさっきの話でわかった。そうしてみてみると、生きているであろう点の方が少し明るいというか温度が高いみたいだ。これは何らかの方法で外部のエネルギーを取り入れて生命活動を行っているからだろう。

さっきまで話していたナナは、わりと近くなので点よりも大きな円盤状に見える。他にも近くに球体はあるけど、どれも生きてはいないみたいだ。


この一時的転生がどのくらい続くかというと、デフォルトだと1ヶ月くらいのようだ。もっと長い期間にしたり、それこそずっと転生したままなんてのも出来るみたいだけどさすがにそれは今後もするつもりは無い。今も1ヶ月すれば戻れるのがわかっているから、宇宙空間に漂っていているなんて異常事態でもわりと落ち着いていられるのだ。どうしてもダメな場合には途中で戻ることもできる。


しかし時間というのは主観時間のことなのかな。今の僕の身体が銀河系くらいの大きさだとすると、光でも端から端まで1万年とかそれ以上の時間がかかる。でも意識としては人間のときと変わらずに、自分の身体をひとつのものとして認識できる。さっきのナナとの話でも、光で10万年はかかるだろう距離はあるだろうけど、普通に会話が成立していた。

つまり、今の僕の意識はものすごくゆっくりと動いている。コンピュータでいうとクロックが遅い、何メガ何ギガヘルツとかではなく何万分の1ヘルツみたいな。

今の身体の直径が1万光年として、それを光が移動する1万年が1秒くらいといった感じだろうか。転生期間の1ヶ月が客観的なものだったら何も考える間も無いくらいに戻っているはずなので、今の主観的な時間での1ヶ月だから1秒あたり1万年の1ヶ月ということか。気が遠くなるほどの長い時間だけど、主観としてはやはり1ヶ月か。


しかし宇宙に漂ったままだと1ヶ月も長いかな。何をすればいいんだ。というか僕が転生している身体の持ち主の17は、普段の生活で何してたんだろう。

また基本記憶から情報を取り出して、とりあえずラジオを聴くことにした。ラジオというのはさっきのナナとの会話のように特定の相手に向けるのではなく、周囲に向けてマイクロ波でつぶやきを飛ばすものだ。相手に向けて収束していないので声の大きさとしては小さくなるわけで、注意深く聞く必要がある。これは古いラジオで聞きたいラジオ局の周波数に合わせてダイヤルを回すのと少し似ている。相互の話ではなく、一方的に声を出していることによってエネルギーとしては損失になるので、もともとエネルギーに余裕がある個体や、人気があって視聴者からエネルギーが送られてくる個体でないと長く続けられない。視聴者から送られるエネルギーには、番組の感想などがデータとしてのせられていることもあるようで、まさにラジオのパーソナリティと視聴者との関係だ。

関係は似ているといっても、番組内容まで似ているわけではない。理解不能の内容の中からかろうじてわかった番組は、延々と素数を送信していた。何かに使う素数を自前で求めなくても良いという実用上の意味なのか、それとも素数を聞くと落ち着くとかいうのでもあるのだろうか。前にたしかノルウェーのケーブルテレビが暖炉の画像を延々と流していて、視聴率が案外いいときいたことがあるけど、それの宇宙生物版みたいなものなのか。

他には時報みたいな放送局もいくつかあって、少しずつ時間がちがってるのが不思議だったけど、これは多分距離が違うからのようだ。複数の放送局の位置と送られてくる時間を使って計算するとGPSみたいに自分の位置がわかる。計算するとといっても今の身体だと自動的というか感覚的にわかる。この放送局はさすがに自動化された装置によって運営されているようだ。

そういえば時間の基準とかはどうなってるんだろうと思ったのだけど、これは宇宙背景放射が元になっている。宇宙背景放射というのはビッグバンの時の光の名残りで、宇宙の拡大によってどんどん波長が長くなってマイクロ波にまで変化している。そしてマイナス270度くらいの物質が放つ黒体放射の波長と同じくらいなので、宇宙の温度がマイナス270度であるともいえるみたい。

その宇宙のどこからでも同じようにやってくるマイクロ波を使って、時間の基準にしているということだ。宇宙の拡大によってわずかに周波数は変化するのだけど、変化量がわかれば補正もできる。

ただこれは元の世界での話なので、ここでの宇宙の温度がマイナス270度なのかはちょっとわからない。たぶんもっと低い温度のような気がする。そもそもこの宇宙は、元の世界と同じ宇宙なのかさえわからない。ほとんどの星が燃え尽きて爆発してしまったはるか未来の宇宙なのか、それともビッグバンの時に無数に発生したといわれている別の宇宙かもしれない。


いろいろ考えたりしていたら疲れてきたので、とりあえず寝ることにした。宇宙に浮かぶガス状の生物でもやはり眠りはするようだ。昼と夜は無いけれど、バイオリズムによる1日の区切りみたいなものは存在して、活動と休止をくりかえす。今は僕の意識によって動いているので、通常よりも少し人間よりになっているのかも。

何か寝る時にふさわしいラジオ番組はあるかなと探して、何とホワイトノイズを流している放送があったので、それを聞きながら寝ることにした。



宇宙に浮かぶガス球でも夢は見るんだろうか。



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