第一部 宇宙転生

第1話 転生先は宇宙

気が付いたら宇宙空間にいた。見渡す限り真っ黒で、星もほとんど見えない。

いくら転生先がランダムといっても、何も無い宇宙空間に来てしまうとは。でも転生するには誰か知的生命がいないとダメなはずだけど、ここはほとんど真空の宇宙で何もない。


しばらくすると転生先の知的生命の基本記憶が伝わってきた。同時に彼の身体感覚も認識できるようになって、今の自分の身体を感じることができるようになった。白いすべすべした球体、それが今の身体の自己認識だった。


これはいったい、と思って周囲を見回すと、真っ黒だった宇宙は薄明るい感じになっていた。これは僕の今の身体が赤外線を感じることができ、宇宙背景放射を光として見ているからのようだ。しかしこの身体は何だろう。星なのか?


星ではなかった。僕の身体は、ほとんど真空に近いガス、それが自分自身の弱い重力で球状にまとまっているみたいだ。だから本当は、というか前の感覚からすると目の前にいても有るのだか無いのかわからないような存在なのだけど、宇宙背景放射も見える今の知覚だと白い球体として自分の身体を感じることができる。しかし何というか、最初の転生先が宇宙空間に浮かぶ希薄なガスだったとは。


真空に近いくらいの希薄なガスの身体は、大きさはだいぶ大きいみたいだ。それが何光年なのか何万光年なのかはわからないけど、何メートルや何キロメートルではなく光年で計るくらいの大きさなのは確か。そのくらいの大きな身体なので、薄いガスだけども全体での質量はそれなりにあって重力でひとつにまとまっている。

身体が今よりも小さくならないのは熱の力で、熱によって運動する原子が外側に広がろうとしていて、その力が重力とバランスして今の大きさになっている。

熱によるランダムな運動以外にも、回転運動による遠心力みたいなのも関係しているらしい。人の身体で血液が循環しているみたいに、今の身体も一部のガスが循環している。


今の身体の体温というか温度は絶対零度に近い。宇宙の温度というのは絶対温度で3度位だったという記憶があるけど、それよりは少し高い温度。もしかしたらこの宇宙の背景輻射の温度は3度よりも低いかもしれない。なにしろ基準が無いので何とも言えない。

でもわずかであっても光っているので、絶対零度よりも高い温度なのは確か。電球のフィラメントが高温で光をはなつように、もっと低い温度でも光や赤外線といった電磁波を放射する。黒体輻射とも呼ばれていて、温度によって電磁波の周波数が違う。温度が低いと赤外線で、高温になるにしたがって目に見える可視光、紫外線と周波数がアップしていく。

前の世界での宇宙は絶対温度で3度、摂氏だとマイナス270度くらいで、この位の温度だと赤外線よりももっと周波数が低いマイクロ波になるのだったか。なので今の僕もマイクロ波を出しているんじゃないかと思う。そして周囲に見える背景の宇宙よりも少し温度が高くて明るく見える星みたいな点は、僕と同じような宇宙空間に生きる知的生命の同類なんだろう。

そんな感じで自分の現状をなんとか把握しようとしていると、


「ちょっと聞いてるの。返事しなさいよ。」


という声がした。声といっても空気は無いのだし、何だろう。すごく薄いとはいえ全くの真空ではないから希薄なガスを振動させての音もありえなくはないけど、それだと伝わる速度が遅いから重力波か何かかな。などと考えながら声がした方に注意を向けると、わりと近くにいる白い球体、つまり今の僕と同じ宇宙空間の知的生命の仲間がいた。さらに注意してみると、白い見た目が微妙に色を変化させている。今の身体の基本記憶によって、それがこちらへのメッセージであることがわかった。僕は同じように光で受信準備が出来ていることを伝えた。


「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。何か用?」


とまあ人間風に言うとこんな感じだ。今の僕は人間であった時の考え方と一部の記憶を保持しながらも、今の身体の知識と行動に関するあれこれも無意識で認識してる。無意識というのは人間の体の時にアとかイと声を出すときに、口の形や声帯や舌の動きを考えること無しに話せるのと同じような感じということ。


「何かじゃないわよ、まったく。メールの受信確認もなければ、呼びかけても反応ないし。」


ちなみに彼女の識別記号つまり名前はナナ。これは数字の7を意味していて、もっと長い名前の数列を簡略化している。もう少し公式にというか遠くにいる仲間と話すときは13-7のようにもう少し長めにすることもある。


「またぼーっとしてるの。17。」


また怒られてしまった。17が今の僕の識別記号だ。僕が転生してくる直前の短期記憶によると、この17は身体をレンタルする条件のひとつとして、この件については周囲に秘密にしておきたいらしい。つまり僕が17としてふるまう必要がある。記憶は把握してるから、まあ何とかなるだろう。


「いや、ちょっと身体の機能を点検していて。」


「だからって意識下の自動システムまで止めちゃうなんて。」


自動システムというのは、さっきのメールみたいにまとまったデータを自動で受け取っておく仕組みや、呼びかけがあったときにしらせてくれるコンピュータのプログラム的なもののことだ。たいていは動かしっぱなしにしておくのだけど、この身体に僕の意識が入ったときに全部いったん停止していた。コンピュータでユーザーが切り替わったときのような感じだろうか。


「それで用事って何だっけ?」


「前にスモールファースターになるように言ったじゃない。その返事はまだかってことよ。」


そのスモールファースターって、何だ?

一瞬そんな疑問が浮かんだけれど、それも基本記憶に入ってた。つまりデータを送るときに小さい方から送るのがスモールファースターだ。逆に大きいほうから送るのがラージファースター。

手紙の住所の書き方で、日本だと都道府県から市町村、そして番地などだんだん細かくなっていくけど、アメリカだと最初が番地だという。これはお互いにそういう習慣ということで、どちらが優れているとかではないけど統一しておいた方が便利だ。

今の僕の身体の宇宙生物は誰かと話すのに、身体から発している電磁波をつかっている。体温によって自然に発生する黒体放射の波長をそろえることでレーザーというかマイクロ波だからメーザーみたいにして、相手と交信することで話しをしている。その時のデータの送り方で、スモールファースターかラージファースターかが決まるのだけど、ぶっちゃけどちらでも理解は可能なので適当に混ぜている人もいる。実際に僕が憑依しているこの身体の17も基本スモールファースターながら違う話し方もしているようだ。


なので、

「いや別に明確なスモールファースターというわけでもないけど、だいたいそうだよね。」

と言っておく。


「それはそうだけど。じ、次世代作成のときにはちゃんとしないとダメでしょ。」


次世代作成というのは、人間的に言うと子作りだけど、この宇宙生物の子作りは人間とはだいぶ違う。まず親になる数も2人とは決まっていない。3人とか5人、7人の場合もあるけど、だいたいそのくらいまでで13人とかはまずない。そして子供の身体は最初から存在してる。僕らと同じように宇宙に漂っている白い球体は、すべてに意識があって生きているわけではない。単なるガスの集まりにしかすぎないガス球の方が多いくらいだ。その生命の無いガス球に、親となるべき人達がまとまってメーザー信号を送る。それがうまくいくと、生命の核みたいなものが出来る。その後はメーザー信号を送りながら育てていくと、自我が発生する程度までサイズが大きくなり複雑化する。比喩的に言うと、コンピュータのブートストラップみたいに、徐々に自分達と同じ意識を持つ生命を作り上げていく。

でまあその時のメーザー信号の送り方はスモールファーストかラージファーストに統一する必要がある。そうじゃないとコンピュータのCPUがMSB方式とLSB方式がごっちゃになったような変な具合になってしまう。MSBとかLSBっていうのはコンピュータで数字を計算するときに、大きな桁から扱うか小さな桁からあつかうかという違いで、まあどっちでもいいのだけどどちらかに決める必要がある。ちなみに人間の世界でもこのMSBとLSBの派閥があるらしい。まあそういう点では我ら人間と全く違う宇宙生物とも、何かしら共通するものがあるのだろう。


「まあいいわ。今日はこのくらいにしとくわ。エネルギーを使いすぎちゃったし。」


「ごめん、呼びかけになかなか気づかなくて。しばらく僕の方から信号送っとくよ。」


「そうしてくれると助かる。じゃ。」


そう言って彼女からの通信は終了した。通信の終了時にはそういう意味のコードが送られて来る。当然ながらスモールファースト方式でだ。

僕らの会話というか通信は身体から発生する黒体放射がベースになっているけど、それによって体内のエネルギーが失われる。言ってみればレーザー冷却みたいなことが起きて、体温が少し低下するのだ。

なので会話のマナーとして、お互いに同じくらい話すことでデータだけでなくエネルギーも同じくらい送りあうようにする。もし情報量に差がある場合、これは今の僕らみたいな時だけど、データ無しか適当なデータでメーザーを送るようにする。


会話のマナーは宇宙生物にも存在する。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る