宇宙転生 転生したら宇宙空間だった

ノソン

プロローグ

タイムマシンは未来永劫存在しないのだという話を聞いたことがあるだろうか。もし未来のどこかでタイムマシンが実現したとしたら、現代にも未来から誰かがやってきているはずで、そうでないのはタイムマシンが未来でも実現していないからだというものだ。

宇宙人にしても同様で、地球にやってくる程に技術が発達した宇宙人が存在しないのは、やってくる宇宙人がいないことで証明される。

これらの説は全く正しいのではあるけど、前提条件が変われば全くの空論になってしまう。つまりたった一人でも未来からやってきた誰かがいればタイムマシンは存在するし、宇宙人にしてもそうだ。


前置きはこのくらいにして、僕の体験した何度かの異世界転生について書きたいと思う。異世界転生などはフィクションの中だけの話で現実にはありえないのは、異世界転生をした人が実際に存在しないことからも確かだと思っていたけれど、自分が一度でも異世界転生を体験した後ではありえないという話の方が空論だ。


最初の異世界転生、それは僕がではなく誰かが僕の身体にやってきた話。




部屋でぼんやりしていた時に頭の中に見知らぬ誰かの声がして、とうとう精神がやれれてしまったかと思った。仕事を辞めてしばらくはのんびりニート生活を楽しもうとしていたのだけど、長時間の残業などが精神をむしばんでありもしない声を聞くようになってしまったのかと。

しかし謎の声と会話しているうちに、これはもしかして本当に別の誰かなのかもしれないと認識をあらためた。昔読んだSF小説のように未来の銀河帝国の王子が一時的に精神を交換しようと言ってきたのだったらOKしてもいいのかもとも思いつつ会話を続けた。


「つまり一時的に僕の身体を貸して欲しいということでいいのかな。」


『その通りです。しばらくしたらお返しします。』


「その間に僕の精神というか意識はどうなってしまうんだ。そっちの身体に入るとか?」


『いえ、あなたの精神は眠ったような状態です。身体をお借りしている間の体験は、夢を見ているような感じでぼんやりとした記憶に残ります。』


話を聞いてみると前に読んだSFみたいな精神交換ではなく、一方的なものだった。そういえば異世界転生の話はいくつか読んだことがあるけど、たいていある程度育ってから前世の記憶を思い出す。たとえば5歳の時に過去の記憶をとりもどして人格も前の人生のものになってしまうのだけど、そのときに5歳までの異世界で育った人格はどうなるんだろう。

まあ今回の場合は一時的なものらしいから、また自分の意識がもどってくるんだけど、そもそも身体を貸すメリットは何かあるんだろうか。


「率直に聞くけど、身体を貸した場合の僕のメリットというか対価は何かあるのかな。」


『対価としては交換単位つまりお金を考えています。』


お金といってもどうやってもってくるんだろう。それとも異世界チートでこっちの世界で稼ぐのかな。未来か別の星だかわからないけど、精神の一時的転移を実現できる科学力があるのだからこっちで何かを発明して稼ぐくらいは簡単なんだろうか。

今のところ貯金と失業保険で生活していけるけど、それもいつまでも続くものでもないし、お金があればありがたい。でもせっかくならお金では買えない何かはダメだろうか。異世界の料理とかは、材料がちがうからダメかなあ。でも海外で作る糠漬けや納豆みたいに物とやり方によっては出来ることもありそう。あと他には…。


「お金ではなく、別のものでもいい?」


『可能なものであれば。』


「それじゃあ、君がしているような一時的な異世界転生を実現する技術か装置を対価として手に入れることは可能だろうか。」


『可能です。』


あっさりとOKが出た。気が変わらないうちにということで、さっそく身体のレンタルを始めてもらうことにした。こっちの世界の常識的なことは説明しないで大丈夫なんだろうかと思ったけど、それは僕の脳にある基本記憶的なのを使うから平気らしい。基本記憶というのはコンピューターのOSみたいというか、記憶喪失になった人でも日常生活が出来るように身体と結びついた身体記憶とでも言うべきものらしい。言葉についても基本記憶で何とかなるようだ。ちなみに脳内での会話は、言葉とはまた別のものらしい。

別の意識がやってきたときに身体のコントロールがどうなるか不安だったので、念のために布団の上で横になってから転生受け入れOKの合図を送った。そして僕の意識的には眠りについた。




目が覚めたのは翌日ではなく翌年だった。部屋の様子はあまり変化ない、といっても少しは変わってるか。変化が無いように感じたのは、夢みたいな形で体験していたからなんだろうか。

冷蔵庫に入っていた食材で朝食にした。これは僕ではなく、僕の身体を使っていた異世界の彼が用意したものだ。タッパーにはいっていた液体に付けられたパンは、フレンチトーストみたいにフライパンで焼いた。あとは生野菜などを組み合わせたサラダみたいなものと、ヨーグルトみたいなもの。

コーヒーはインスタントをいれた。これは去年からほとんど減っていないところをみると、コーヒーは彼の口には合わなかったのかも。

フレンチトーストみたいなものは甘くなく、塩味と酸味。サラダみたいなものは甘い味。ヨーグルトみたいなものはなんとも奇妙な味だった。冷蔵庫に貼ってあったメモによると、こちらの食材で再現した異世界風料理ということらしい。作り方を書いたレシピもあったけど、使う機会はなさそうだ。


一年ぶりの外出、といっても僕の意識としてはということで、うっすらとした記憶だと僕の身体を使っていた異世界の彼はあちこちに出かけていたみたいだ。しかし通帳の記帳などの日常業務までは気が回らなかったみたいで、僕は銀行やら買い物やらに午前中をついやした。昼は異世界風ではない普通の食事がしたかったので、食材なども買ってきた。


昼は簡単にスパゲティですませた。ソースはレトルトのもの。午後はネットサーフィンをして、一年分の世の中の動きを眺めていた。


「しかしまいったなあ。」


だれも聞いている人はいないけど、思わず声が出た。銀行で記帳してわかったのは、貯金がほとんど残っていないことだった。失業保険が終わってるのは予想していたけど、貯金をこんなに使われるとは。その代償がこれか、と手元にあるスマホみたいな物を見た。

スマホにしては少し大きく、タブレットにしては少し厚さがあるソレは、異世界の彼がこっちの世界で作り上げた異世界転生を可能にする装置だ。金では買えない価値がある。しかし貯金がなあ。


見た目は真っ黒でスイッチとかもない装置に意識を向けると、使い方が頭の中に入ってくる。転生先は自分と同様の知的生命であるだけでなく、共通点が一定程度以上である必要があるみたいだ。たとえば自己と他の区別があまりないアメーバーみたいな生き物だと、人間と同程度に知的だとしても転生できない。身体の形はあまり重要ではなく、精神の形みたいなものが似ていることが転生の条件。そして一度の転生期間は1ヶ月位とのことだ。期間は延長も出来るらしい。

転生によって移動するのは意識の表層というか、今何かを考えている思考パターン。コンピュータでいうとアプリとテンポラリメモリの部分で、すごい古い記憶とかは持っていけないらしい。転生先の身体を動かしたり言葉は、相手の身体のOSみたいな基本記憶を使う。

転生するには転生先の相手の同意が必要だけど、これは自動でやってくれるようだ。僕のところに来た頭の中の声も、本人ではなく自動応答の装置だったのかな。


「さて、それじゃあさっそく転生するか。」


わざわざ声に出して言ったのは、ふんぎりをつけるため。何しろ始めての異世界転生だ。

転生先は条件で絞り込めるみたいだけど、今回は絞り込み無しのランダムにした。行ってみないことにはどんな世界があるかわからないし。他の条件とかもだいたいはデフォルトにして、転生先の相手との交渉も自動モードに設定した。そうすると転生を受け入れてくれた相手への謝礼についても僕の出来る範囲で適当に交渉して、同意が得られた相手が見つかったら転生が実行される。


転生中の自分の身体はどうなるのかというと、哲学的ゾンビみたいに意識はないけど普通に生活するらしい。活動中の記憶も残るから、記憶としては一時的に自分が2人に分かれたということになるのかな。


では転生開始。

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