第2話ドラゴンクライム

 閑静な住宅街の、豪奢な一軒家。今この邸宅では、閑静とは程遠い、煩わしい諍いが起きていた。

 「オイ、お前はいつからそんな子になってしまったんだ?」

 「バーカ、クソジジイ!!仕事ばっかで家にもずっと帰らずじまいだったクセに、なあに今更父親ずらしてやがる!!」

 豊かな白髭を蓄えた、恰幅のいい老紳士と、金髪のピアス、一目で不良と分かるチャラ男。この二人が親子などと、誰が思うだろうか?

 「いい加減にしてくれ!近頃お前の夜遊びは、近所でも噂になっているんだぞ。あまり調子に乗っていると、こっちも奥の手を使わざるをえない」

 「あっそう。隙にしろよ口だけジジイ。テメエの脅しなんて怖くなんか……」

 少年が言いかけたところで、大音量の声がリビングに響き渡った。

 「君ィ!!父親に向かって、なんて口を聞くんだ!!!」

 「――!!?」

 驚いた少年が振り向くと、そこには2m近くはあろう、大男が仁王立ちしていた。

 「な、なんだテメエは……!!」

 「私の小塚広(コヅカ ヒロシ)。君のお父様に雇われた叱り屋だ」

 「叱り屋!?今話題の、不良少年を更生するための職業って奴か!?」

 「如何にも」

 「フン!怖くはないね。どうせ見掛け倒し……」

 少年は両の拳を握りしめ、小塚に襲い掛かろうとした。しかし……

 「やめたまえ!!!」

 さっきのものとは比べ物にならない一喝に、少年は腰が抜けてしまった。

 「うっ!!?」

 (な、なんだ……。体育教師とは比べ物にならねえ……。コイツの声は、何故か異常におっかなく感じられる)

 「さあ、行こうか。私とマンツーマンで勉強だ」

 「べ、勉強……だと…………誰がそんなもの…………」

 少年はふらつく足で立ち上がり、再び飛び掛かろうとするも、その前に絶叫が響き渡る。

 「口答えはァ止めたまえ!!!」

 そう叱られると、少年は一歩も動けなくなってしまった。まるで、ヘビに睨まれた蛙のように。

 「さあ、行こうか」

 「はっ、はい……」

 先ほどまでとはうって変わって、少年は従順になっていた。小動物のように、ブルブルと震えていた。

 「素晴らしい!!」

 思わず少年の父親は、その効き目に感嘆した。

 


 一週間後――

 「いやあ、スゴイ効き目ですね。先生を雇って良かったですよ。先生のつきっきりの指導のおかげで、息子は別人のように真面目な人物になりました。全て先生のおかげです」

 「それは良かった。私も頑張った甲斐があったというものです」

 小塚はにこやかに微笑みながら返事をした。

 「しかし……一体どういう仕組みなのです?今までどんなに厳格な家庭教師を雇っても、奴は更生しなかった。何か、特別な理由でもあるのですか?」

 「ふむ……。普段は答えないところですが、あなたからは多額の報酬をいただきました。誰にも言わないでくださるなら、お伝えしますよ」

 「モチロンですよ。私は会社内でも、口が堅いことで評判なんです」

 「では、種明かしをしましょう」

 小塚は懐から、一本のテープを取りだし再生した。すると、不気味な鳴き声が辺りに響き渡った。

 「これは……トラツグミですかな?古くからその鳴き声は、恐怖の象徴として恐れられてきたという…………」

 「如何にも。このトラツグミの鳴き声のように、自然界には、人間の本能的な恐怖を喚起する声が、たくさん存在する」

 「ま、まさか……先生の声も…………」

 「ええ。様々な動物や昆虫の鳴き声を地道に研究し、その結果私は、最も人にとって恐ろしく聞こえる声を自分のものとしたのです。大変でしたよ、何千、何万もの鳴き声を集める作業は……」

 「いやあ!素晴らしい!!先生のような、地道な努力な末に成功した教師というのは、不良共へのいいモデルとなるでしょう!!しかし……一つわだかまりがあるのですが…………」

 「……はい?」

 「恐怖をもって生徒を従わせるというのは、道徳に悖りませんかな…………?」

 「何を言いますか。恐怖こそが人を昇華させてくれるのです。本能論という説をご存知ですか。例えば自然界における極限状態の恐怖を生徒に与えることで、生存本能を喚起し、腑抜けた生徒たちに本能の力を再獲得させるという教育法です」

 「そ、それは良識に欠けてはいませんかな……?」

 「はいィ?」

 老紳士の言葉に、小塚はドスの効いた声で答えた。それと同時に、老紳士は得体の知れない恐怖を覚えた。小塚は特技を用いたのだ。

 「ああ、いや、何でもありません」

 「ハハッ、そうですか。では失礼。そろそろお暇させていただきます」

 「ふう……」

 小塚が去った後、老紳士は思わず、安堵の溜息をついた。



 「フン、どいつもこいつもバカばかりだ。恐怖で人を従わせることの何が悪い。くだらぬ良識に囚われていたら、教育などロクにできぬわ。恐怖を教育から取り去った結果が、今の甘ったれたゆとり世代だ」

 小塚はぶつくさと呟きながら歩いていた。そうしているうちに、家の前までついた。彼の自宅は老紳士のものに劣らずゼイタクな外観をしており、彼がいかに儲けているかを、如実に表していた。

 「貧乏なオレは、豊かな生活の為にこの術を身に着けた。全く、良識など生活を維持することと比べれば、ゴミみたいなものだ」

 そんなことをゴチながら、ポストの中を覗いてみると、一通の手紙があった。

 「ん?何だこれは…………」

 中を改めてみると、たどたどしい字で、こんなことが書かれていた。

 <はじめましてセンセイ。ボクは中国人の陳というものデス。ボクはセンセイをすごくソンケイしています。いま中国には、『小皇帝(シャオガオシン)』とよばれる、わがままなキカンボーがたくさんいます。だからボクがセンセイの弟子になって、小皇帝をキョウイクしたいです。だからボクのセンセイのワザをおしえてください。もちろんおかねはたくさんはらいます>

 「ふむ……確かに最近は、中国やベトナムからの出稼ぎ労働者が多いと聞く。彼らの多くは現地での、貧しい暮らしから抜け出すために、一生懸命異国の地で頑張ってるそうじゃないか。そんな彼らなら、日本の腑抜け共とは違い、オレの思想を理解してくれるに違いない。よし、彼を弟子に取ろう!!」

 そう決意した彼は、陳と出会うことにした。




 「どうもセンセイ!!会えてスゴク感激です!!」

 小塚の自宅を訪れた陳は、小塚を見るなり頭ちぎれんばかりに下げた。

 「そんなに喜んでもらえると、オレも嬉しいよ。だが、ついてこれるかな?私の指導は厳しいぞ」

 「地獄なら、ふるさとでの生活でもう味わいつくしましたヨ!はたらいてもはたらいても、ボクの家、裕福にならない。ずっと貧しいまま。だからボク、ニッポンまで来た。家族みんなで、豊かに暮らすために」

 「素晴らしい!!流石は中国人だ。日本人とは違って根性がある。では、早速レッスンに取り掛かるぞ!」

 「はい!!センセイの指導を受け継いで、ボクの祖国を、もっと知的で進歩的な国にするヨ!!!」

 陳の言葉に偽りはなかった。彼は朝から晩まで、熱心にレッスンをこなしてみせた。

 「ほら!もっと大きな声で!!」

 「はい!!黙りたまえ!!!黙りたまえ!!!黙りたまえ!!!」

 「よし、いいぞ。では、そろそろ終わりにするかな。もう日も暮れる」

 「えっ……ボクまだまだ頑張れるヨ」

 「すまないな。私もこの後用事があるんだ」

 「ああ、仕方ないデスネ。じゃあ、代わりに先生の声が入ったテープをください。家で何度も聞いて、練習します」

 「おおっ、偉いぞ陳!!その心意気だ!!ほら、これが今日練習した、トラツグミタイプの分だ。頑張ってくれ。君の成長速度なら、明日にはヘビタイプの練習に入れるかもしれん」

 「ワカッタ。ボク頑張るよ!!」

次の日も、またその次の日も、陳は小塚邸を訪れ練習に精を出した。

 (う~む、熱心な生徒だ。陳が頑張ってくれれば、オレの精神を、中国で広めることが出来るかも……)

 日本ではごく一部でしか受け入れられなかった彼の思想。しかし、中国では広められるかもしれない。そんな彼の理想は、脆くも崩れ去った。何故なら陳は、レッスンを始めてからちょうど一ヶ月経ったある日、突然彼の家に来なくなったからである。

 「あれほど真面目な男がどうして……」

 不思議がった小塚は、陳の住むボロアパートを訪ねた。

 「陳?ああ、あの人ならもうアパートを出たよ。技能研修は、大成功だったとか言って。今頃、中国に里帰りしてるんじゃない」

 「なんだって!?」

 出迎えた大家の言葉に、小塚は絶句した。

 (バカな……。アイツのレッスンはまだ始まったばかり。基本も十分に身についていない。そもそもアイツは礼儀正しい。オレに黙って勝手に帰国するなどありえん)

 「あっ、そういえば小塚さん。陳の奴、こんなものを残していったんだよ」

 「こんなもの?」

 それは、一通の書置きと、農具だった。

 「スキとクワ?」

 小塚の疑問は深まるばかり。

 書置きにはこう書いてあった。

 <先生。今までありがとう。その農具は、いらなくなったので先生にあげます。今度は先生が、それを使う番だと思います>

 「……なんだこの文面は?何が何だか分からない……???」

 途方に暮れた小塚は、首をかしげながらボロアパートを去った。




 「よくぞ帰ってきてくれた息子よ!!」

 その頃、陳の故郷でのこと。帰ってきた陳は、一族総出で歓待されていた。

 「父さん!!ボクやったヨ。小塚の音声テープ、持ち帰れたヨ!!」

 「よくやった!ソイツこそ、我が発明を完成させるための、最後のパーツだったのだ!!!」

 陳の父親は、傍らのロボットの頭を撫でて見せた。

 「叱り屋ロボット!!コイツがあれば、アタシら一族は億万長者になれるぞ!!何せこの国では今、受験戦争が激化している。それなのに、怠けものでわがままな小皇帝がごまんといるのだ!!!」 

 「需要はとんでもなくあるものネ。このロボットは、そんな奴らを子に持つ、親御さんの悩みを一掃してくれるヨ!!何せロボットだから、24時間休まず稼働するし、ヘンな仏心を出すこともないし……」

 「その通り!こんなものを思いつき、作ってしまうだなんて……自分の才能が恐ろしいくらいだ!!」

 「またまた。悪ガキどもを従順にする、怒声が作れず嘆いてたクセに」

 「ハハハ、それについては、あの叱り屋に目をつけたお前の功績だ!優秀な息子をもって、アタシは幸せだよ」

 「ありがと父さん。でも……」

 「ん?どうしたんだ?」

 「ちょっと悪いことしたネ。多分小塚は職を失うことになるヨ。ボクたちみたいに特許を取れば、巨万の富を築けただろうに。」

 「ハハッ、そんなことか。仕方がない。我々一族の、生活と繁栄のために、犠牲になってもらおうじゃないか!弱肉強食―本能の世界、自然界では当然の掟だ。罠にはまったザコの方が悪いのだ!! 全く、良識など生活を維持することと比べれば、ゴミみたいなものだ!!!」

 その頃、小塚は自分の家で、スキとクワを不思議そうに見つめていた。


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