第22話 少年、敵に宣戦布告する

「草壁。それじゃあ、始めるよ」と宇田が僕に呼びかけた。


「わかった」と僕は応える。


「三、二、一。はい!」


 僕はビデオカメラの前でいずれ自分の声を聞くであろう無数の聴衆に向けて訴える。


「皆さん。こんにちは。……僕がこの動画を配信する目的はある人間の犯罪を告発するためです。その人間とは他でもありません。今マスメディアで話題になっている量子コンピュータと量子通信グラスの開発者、宿木高志です」


 緊張で早口になってはいないか、聞き取りづらくなってはいないかと意識してゆっ

くりはっきりとニュースキャスターになったつもりで僕は言葉を続ける。


「彼が自分が発明したものとして世間に発表したこの二つは、実は僕の友人が発明したものです。その証拠をお見せします」


 ここで僕は自分の背後に設置された機械とディスプレイを指し示した。


「ここにあるのは量子コンピュータのプロトタイプです。量子ビットの数こそ少ないですが演算速度においては既存のコンピュータを上回ります。そして……」


 僕はさらに機械を操作して、ディスプレイにあるファイルのデータを表示させた。


「これが量子通信グラスの設計図、そして量子コンピュータの基本プログラムの一部です」


 正直、素人の僕にはよく分からない複雑な数式と回路の図解が画面に表示される。


「なぜ量子コンピュータと量子通信グラスの原形がここにあるのか、それは彼が本当の開発者ではないからです。彼は僕の友人に近づき、完成品を盗み出してまだ世間に発表していないのを良いことに自分のものにしてしまったのです」


 僕はここで言葉を一度切って改めてカメラに向き直る。


「彼の目的は世間の信用を得つつ、最終的には量子コンピュータを悪用して利用者達の思考を誘導して、自分の思い通りにすることです。……皆さん。彼に騙されてはいけません。また、もしも僕のいう事を疑うのなら彼に量子コンピュータの開発過程のデータを見せるように求めてください。彼は当然それに応じることはできないはずです。なぜなら、彼は開発者ではないのですから」

「はい。オッケー」


 宇田がカメラを止めた。


 ひととおりしゃべり終えた僕は「ふう」とため息をついて、椅子に座りこんだ。


「しかし花咲の家って本当に金持ちなんだな。普通都内のマンションを別荘にしたりするか?」


 横で見ていた果部が羨ましそうに部屋の中をぐるりと見まわした。


 フローリングの広々とした部屋にはキッチンと椅子、テーブルなどの家具が置かれ、採光用の窓からは見晴らしのいい風景が広がっている。


「一か月の家賃で数十万円はしそうだな」と柳田が呟いた。


 一方、鴨井は黙々とパソコンで今撮影した動画の確認と編集の作業をしている。


 僕らが今いるのはとある都内の高級マンションだった。花咲の「やってほしいこと」の二つ目はこうだ。



『都内に以前私が作業をするために使っていた私の別荘があるんだ。そして、そこには量子コンピュータの開発時に作った『プロトタイプ』がある。その中には量子通信グラスの基本設計も保存されている。その存在を紹介することで宿木の窃盗を告発する動画を撮影して配信してほしい。カメラも機材も全部準備しておいたから、そのまま使ってくれればいいからな』



 宇田が「それにしても」と首をかしげた。


「こんなものがあるなら、さっさと発表して警察に訴えればよかったじゃない。『あいつが量子コンピュータと量子通信グラスを盗んだんだ』って」

「残念だけどそれは無理だ」

「どうして?」

「花咲自身が言っていたんだけど、実は窃盗自体の物的証拠は残っていないんだ。花咲の家の監視カメラも警備装置も切られていてね。僕がさっき主張した『量子通信グラスの設計図がこっちにあるから、実はあれは宿木が開発したものじゃなくて盗んだものだ』という主張も、本当は無理があるんだ。……盗作の状況証拠にはなるかもしれないけれど、花咲は別に量子コンピュータについて公的な発表や特許の申請をしていたわけじゃないから」

「ああ、確かに。量子通信グラスの設計図だけなら、時間さえかければ既に出回っている完成品の方から逆に作ることもできなくはないかもしれないしねえ」


 横で聞いていた果部も「そりゃ一筋縄じゃいかなさそうだなあ」とぼやいた。


だったらまぎれもない犯罪行為だけどよ。だのだのって話になったら、どっちが先に思いついて正式に認められたのかって話になるからな。訴えたところで、下手したら『特許を先に申請した宿木の方が正しい』なんて判決が出るかもしれない。一度そんな結論が出たらもう覆せないだろ」

「おい。じゃあ、こんな動画を配信しても意味ないんじゃないのか?」


 柳田が呆れたような目で僕を見る。


「直接的な証拠にはならなくても、疑惑をかけるだけで揺さぶりにはなると思うんだ。少なくともこれからあいつらが量子通信グラスを広めようとしていたところに待ったをかけることはできるはずだ」


 宇田が「それは言えるかもね」と同意した。


「あの宿木って人、若くして成功した起業家だってマスコミに過剰に持ち上げられていたからねえ。反感を抱いている人も多いと思うんだ。それでそういう人が実は盗んだものを発表したなんてスキャンダルが発覚したらセンセーショナルな話題に飢えているマスコミは大喜びで飛びつくんじゃない?」

「ああ。もしかしたらそうなるかもしれない」


 そう。まさに宇田が指摘したことを僕は狙っているのだ。


 たとえ窃盗の証拠としては無理があるにしても、マスコミが騒ぎ立てればさしもの宿木も無視はできない。そうなれば何らかの動きを見せるはずだ。その時こそ花咲を取り戻すチャンスがくる。


「よ、よし。動画の編集はできたよ」


 パソコンをいじっていた鴨井が僕の方を振り返る。


「早いなあ。やっぱり鴨井はすごいよ。それじゃあ念のためチェックさせてくれ」

「う、うん」


 僕は鴨井の作った動画を確認する。僕が宿木の犯罪を告発し、量子コンピュータのプロトタイプを紹介する動画だ。僕自身の顔には個人を特定できないように薄くぼかしが入っている。


「……よし。問題ない」

「あ、あの。一ついいかな」

「ん。何だ?」

「この撮影の機材とか、全部花咲さんが準備したんだよね?」

「そうだけど?」

「カメラとかも最初からこの位置で固定されているよね?」

「……うん。何か問題あるか?」

「これ、背景に窓の外が少し映っているよ? 大丈夫かな? ……撮り直す?」

「あ」


 確かに鴨井の指摘したとおり、撮影した時に背景に少し窓が映りこんでいる。


 しかし外にあるのはごく普通の住宅街の街並みだけで固有名詞や個人の名前など手掛かりになるものはなさそうだ。


「流石にこれだけで場所の特定は無理だろ。それに『位置情報のたぐいは記録されないように調整した』って花咲も言っていた。そもそもこの量子コンピュータのプロトタイプ、部屋の真ん中に置かれていて結構大きいから逆に背景に窓が入らないようにするのが難しくないか?」

「……それもそうだね。まあ問題はないか」


「それじゃあこれで一段落だね」と一仕事終えた解放感を味わうように宇田が背伸びをする。


「じゃあこの動画、あたしのアカウントで配信するけど、いいね?」

「ああ、問題ないけど」

「再生数多かったら広告収入も入ってくるんだよ?」

「それくらい協力してもらったんだから構わないよ」


 僕の言葉に柳田が舌打ちする。


「ちっ。ずりいな。俺らも手伝ったんだから何か礼をもらっても良さそうなものじゃん」

「まあ、いいだろ? 別に大した労力でもなし」


 とりなすような果部の言葉に柳田はさらに不服そうに声を漏らす。


「お前はゲームのアプリもらえたんだろ? あれ結構ダウンロードされたって聞いたぞ? どれくらい儲けたんだよ、おい」

「まだ千人超えってところだけど、評判はいいみたいだからこのまま口コミが広がれば更に増えるかもしれねえな」

「ハイハイ、それくらいにする! あたしたちの本当の手伝いはここからでしょ?」


 宇田が与太話を始めた二人をたしなめた。


「わかっているよ。動画のリンクをあちこちの有名サイトに貼って、煽るようにコメントすればいいんだろ」

「俺もSNSで呟いてみるわ。話題になるかもしれないし、な」

「みんなありがとう。……それじゃあ、なるべく動画を拡散するように働きかけてみてくれ」


 僕は改めてクラスメイト達に礼を言った。





 僕らが撮影した動画は最初の数時間はなかなか再生されなかったものの、匿名の掲示板にリンクが張られるやいなやその再生数は爆発的に増加していった。


 視聴した人間たちの反応は様々だが、話題としては広がりつつある。


 インターネット上の匿名掲示板でも僕の動画についてのコメントがされるようになった。

 例えばこうだ。


『マジかよ!? うわー。あれ他の人の発明を盗んだものだったんか』

『いやいやこっちが偽物かもよ。本物なら身元を隠さないで名乗り出そうなもんじゃん』

『だけど画像に映っていたプログラムを専門家が見たら一応本物だったってよ。それに画面に表示されたログも宿木高志が発表するより前だったって』

『俺は怪しいとは思ってた。だって量子コンピュータだろ? 開発にどれくらいの金がかかると思ってんだよ。それを一介の大学生が開発したって、どこの誰がスポンサーになったのかっつう話だわ』

『他の誰かから盗んだって方が理屈は通るわな』

『じゃあ何で画像を配信したやつは名乗り出て、法的に訴えないん?』

『裏で取引でもしてんのかね』


 そんな噂が広がるようになって数日が過ぎたころに、原因不明の不具合が発生して動画は配信できなくなった。


 おそらくは宿木が何かを仕掛けたのだろう。だがその時にはすでに動画のコピーがあちらこちらに貼られており、その勢いはもう止まらない。


 その話題性は流石にマスコミも無視ができなくなったようで、窃盗の疑惑について宿木の会社にインタビューや説明を求めるTVや週刊誌も現れる。しかし宿木はそれに対し『私たちが量子コンピュータを盗んだというのは事実無根であり完全に否定する』『動画で言及していた制作過程の記録については現在、責任を持って回答できるように準備をしている』『今のところはこれ以上コメントできない』という文書のみの回答をマスコミに送り、彼らの会社の事務所もほぼ休業状態になったようだ。

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