第21話 少年、クラスメイト達と和解する
セミの声が響きわたる暑い夏の放課後。
さんさんと日差しが照り付ける校舎裏で僕は何人かのクラスメイト達と対峙していた。
「何よ。急に呼び出して」
苛立たし気に口火を切ったのは派手に髪を染めたミュージシャン志望の女子、宇田だ。
「お前とはそんなに口きいたことなかったよな? 大事な話って何だよ」
「……な、何の用なの?」
その隣で果部と鴨井も不審な表情で僕に目を向けていた。
「おい。まさかこの間の話を蒸し返そうってのか? 一方的に俺たちに不満をぶちまけていったくせに。そりゃ、指摘したとおり俺たちは一度は目的を達成できたわけだからな。……だからこそ、お前の気持ちを汲んであれ以上は何も言わないことにしてやったわけだが。まだ何か言いたいことがあるのかよ?」
柳田が不機嫌な口調で僕に詰め寄った。
だが、僕はそんな彼らにただ深々と頭を下げる。
「な、何だ?」と柳田が戸惑った顔になった。
「この間のことは言い過ぎたと思っている。本当に悪かった。それと、花咲もみんなに嫌な思いをさせたことを反省しているんだ」
「え? あの花咲もか?」
「ああ。あいつからは伝言をもらっているんだ。……鴨井」
僕は気弱で小柄な少年に向き直る。
「あいつはお前にこう伝えるように言っていた」
僕はふところから紙を取り出して読み上げた。
「『私が君にすべきことは一時的な復讐の手助けではなく、この先の人生においても自分より強い相手に相対した時に対抗する手段を与えることだった。金巻がやり返しに来た時に君を守る手段について考慮してやれなかったことを申し訳なく思う』と」
それは花咲が残していったデータに入っていた、確執を残してしまったクラスメイト達への謝罪文だった。
「え? 花咲さんが僕にそんなことを」
「ああ。きっと本当は一過性の強さよりも、金巻に反抗することをきっかけにして自分より強いものに立ち向かう気骨と自信を持ってほしかったんだ。……それと宇田」
「あたし?」
名前を呼ばれた彼女はきょとんとした顔で自分を指さした。
「君にもこう言っていたんだ。『宇田さんは自分の才能の限界を無意識に自分で決めているから作曲ソフトを使っても一曲しか創れなかっただけなんだ。君自身がもっといろんな曲に触れて新しい感性に目覚めたときにあのソフトをもう一度使えばもっと素晴らしい曲も創れるはずだ』」
「ふうん」と彼女は満更でもなさそうに笑って、少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「元々宇田は自分の憧れているアイドルに影響を受けて、曲を作り始めたと思う。だけどそのために理想とする曲、作りたい曲を考えるときに影響を受けた曲を意識し過ぎていたんだ。だけど、本当に宇田が作るべき曲は『大ヒットしたアイドルソングみたいな歌』じゃなくて『宇田にしか作れない歌』なんじゃあないかな。……それに柳田」
「なんだよ」
彼は相も変らぬ仏頂面で僕を睨み返した。
「お前にも伝言がある。『君はもっと女性に対して素直に気持ちをぶつけるべきだ。その方がきっと幸せになれる』だってさ」
「何だよ、そりゃ。上から目線で偉そうに」
彼は気に食わないと言いたげに悪態をついた。そんな彼をなだめるように僕は言葉を続ける。
「本当は河合さんだって柳田にある程度好意を持っていたらしいんだ。だからたった一言でも気持ちを伝えていれば上手くいくこともありえただろうって」
「……ああ、そうか。わかった、わかった。じゃあ次は可愛い女の子と知り合えるマッチングソフトでも作ってくれるように言っとけ。それで俺の方は恨みっこなしだ」
「……わかった。伝えるよ」
とはいえ現状ではまだ彼女と再会できるかどうかも不明なのだが。
「俺は! そんな謝罪されても許せないけどな」
怒りもあらわに口を挟んできたのは果部だった。腕組みをしながらむくれた顔で僕を睨んでいる。
無理もない。他の面子はなんだかんだで一発当てさせてもらったものの、果部に関しては投資で儲けた後で暴落したために元金すら無くしてしまったのだ。花咲と関わったことで前よりもひどい状況になってしまったのである。
「花咲は果部にもこう言っていた。『未来予測装置を使うことで君にはただお金を儲けてほしかったわけじゃあなく学んでほしいことがあった。それはお金を使うことの意味だ。ただ私のやり方が遠回しだったために、君に大きな損害を出してしまったことは本当に申し訳ない。その償いはさせてもらう』と」
「何だ? 学んでほしいこと? 金を使う意味? どういうことだよ?」
首をかしげる彼に僕は補足した。
「つまり投資というのは元来は金儲けよりも、自分の応援したい企業に対する支援であるべきなんだそうだ。……広い意味では社会貢献とも言えるんだよ。そして応援した企業が成功すれば手助けをしたお礼としてその分だけ配当が返ってくる。本来はそういうものなんだ。だから未来予測装置で上場する会社を見て『社会から求められる企業』がどういうもので『そこに金を投資するということにどういう意義があるのか』を考えるきっかけにしてほしかったんじゃないかな」
「……社会に求められる企業、か。そんなもん、株を買う時に考えたこともなかったがな」
「だけど、あいつも結果として大損害を出したことには申し訳なく思っているんだよ。だから、ほら」
僕は花咲が残したメモリスティックを果部に差し出した。
「何だそりゃ?」
「花咲がデザインしたゲームアプリが入っている。僕も少しやってみたけど限られたブロックの中で何種類かの色のパネルを組み合わせて配置していくパズルゲームなんだ。ルールは単純だけど結構面白いし、上手く宣伝して売れれば果部が無くした分の元金くらいは稼げるはずだ」
果部は一瞬葛藤するように黙り込んだが「やれやれ」と首を振って数秒後に手を伸ばした。
「そんな単純なゲームアプリを売ったところで簡単に儲かるようには思えないがな。……ま、あいつなりの謝罪のしるしだってんならもらっておいてやるよ」
僕は内心ほっと一息ついて改めて口を開く。
「花咲は多分、基本的に依頼してきた人間の願いを叶えることだけを考えていただけで悪意があったわけじゃなかったんだ。結果としてここにいた皆には嫌な思いもさせたけれど」
「ちょっと待ってよ」
宇田が眉をしかめながら口を挟んでくる。
「そもそも花咲じゃあなくて何であんたが代わりに謝っているわけ? 本当に悪いと思っているなら本人が直接謝るのが筋ってもんでしょう?」
「それが……できないんだ」
「何でよ?」
「花咲は今、自分の開発した量子コンピュータを盗まれてしまった。しかも犯人はそれを悪用して多くの人間を洗脳しようとしている。そしてそのために邪魔な存在である彼女を拉致してしまったんだ」
「えっ? 何、どういう事?」
僕はこれまでの出来事を彼らに簡単に説明した。
話を聞き終わった柳田が信じられないというように頭を抱えて見せた。
「宿木高志っていやあ、あのニュースにもなっていた量子通信グラスの開発者だろ? あれが実は花咲の発明を盗作したものだっていうのか?」
「い、いやでも花咲さんの才能だったらあれくらい作れてもおかしくないよ」
「へーっ! 俺らと変わらない年齢で起業した時代の革命児みたいに取り上げられていたけど、裏じゃそんなことをやっていたってか」
「あたし、あの人ちょっと憧れていたんだけど。ええ? あの人が花咲の義弟で、しかも窃盗と誘拐までしでかしたっていうの?」
他の者たちも驚愕の声を漏らしながらも、とりあえず僕の言葉を嘘だとは思わないようだった。彼ら自身の目で実際に花咲の才能と発明を体感しているのもあるだろうが。
「それで、花咲を助けるのに協力してほしいんだ。僕一人ではどうしても無理だ。お願いだ」
僕は再び彼らに深く頭を下げた。
しかし先程までとは違い、今度は冷たい沈黙が返ってくるだけだった。
僕は静かに顔を上げて彼らの様子を伺う。
「急にそんなこといわれても、さ」
「俺たちに何ができるっていうんだよ」
「ほら。期末試験も近いし、そんな現実離れした話に協力しろって言われても」
否定的な空気が場を支配しつつあった。
無理もない。僕だって彼らの立場だったらきっと戸惑うだろう。
家族ならいざ知らず、たまに話す程度のクラスメイトがトラブルに巻き込まれたからと言って積極的に助けるような行動に出られる人間なんてそうはいないはずだ。
それでも一縷の望みをかけて、誠意をもって訴えたつもりだったが、ここまでだったようだ。だがこうなれば一人でもやるしかない。
僕が諦観しかけた、その時だった。
たった一人、足を踏み出して僕に近づいてくる者がいる。
「か、鴨井?」
そう、この中で一番気弱で小心者の彼が僕の前までやってきたのだ。
鴨井は僕にそっと何かを差し出す。彼の細く小さな手の中にあったのは錠剤が入った瓶だった。
「ぼ、僕にできることでよければ協力するよ。それとこの花咲さんにもらった薬と自己暗示用の音声データもあげるよ。もしかしたら役に立つかもしれないし」
「……鴨井」
「き、君に金巻に反抗するだけの行動力があるならできることがあるはずだ、って言われてあれから自分なりに考えたんだ」
鴨井は静かな目で僕を見つめていた。
「それで他にも金巻の被害にあっている人を探して協力し合って、あいつが金を脅し取っているところを録画して警察に訴え出たんだよ」
「そんなことしていたのか」
「う、うん。そしたらあいつの親が金巻のしていることを知って『もう二度とこんなことはさせないから』って僕に謝ってきた。それで、もう苛められることは無くなったんだ」
「……そうだったのか」
大した行動力だ。普段大人しいだけに心の中に溜め込んでいるものがあるのだろうか。
「いろいろあったけどさ。花咲さんの協力で一発やり返させてもらったおかげで、僕は少し変われた気がしたんだ。だから僕も彼女を助けるのに協力したい」
「ありがとう」
僕は彼の手を取った。
「ああ、もう仕方がないなぁ」
宇田が頭を掻きながら僕の肩をポンポンと叩いてくる。
「鴨井とあんただけじゃあできることだってたかが知れてるでしょうが。あたしも協力してあげるわ。特別に」
「……宇田」
そんな二人に気遅れ気味だった柳田と果部も「チッ」と舌打ちしながら肩をすくめて見せた。
「いじめられっ子と女子が協力してんのに、何もしなかったら格好つかないからな。まあ少しだけなら手伝うけどよ」
「……面倒ごとになりそうなら手を引かせてもらうからな」
「二人とも、済まない」
僕は絞り出すように謝意を込めた声を漏らした。
「それで、俺たちにどうしろって?」
「ああ、実はまず行かないといけないところがあって……詳しく話したいから場所を変えよう」
花咲が僕に指示した「やってほしいこと」の一つ目。
『まず、私と揉めていたクラスメイトたちに私に代わって謝罪をしてくれないだろうか。謝罪文はメモリスティックの中にゲームアプリと一緒に入っている。……この先の展開によっては私は彼らにはもう二度と会えないかもしれない。彼らとの間にわだかまりがあるのが心残りでね。そして、もし可能であれば彼らに協力を仰いでほしいんだ。私の策は協力者がいた方がより上手くいく可能性が高いから』
どうにか達成したぞ、花咲。
だから待っていてくれ。どうか無事でいてくれ。
僕はクラスメイト達と歩きながら心の中で切実に祈ったのだった。
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