第18話 一発屋と少年、ホテルで状況を分析する

「……ただいま」


 僕がホテルの個室の扉を開けると、花咲がベッドの上でノートパソコンをいじっていた。


「やあ。お帰り」


 一瞬、顔だけをこちらに向けて返事をした彼女はまたパソコンに向き直る。一体何をしているのかと見てみれば、パズルゲームである。


「花咲。……こんな時に遊んでいる場合なのか?」

「いやなに。ちょっとした気分転換にゲームを作ってみたんだ。今はテストプレイをしていたところだ」


 気分転換でゲームを作れるのか。やはり尋常ではない知能の持ち主だ。


 彼女はパソコンのゲーム画面を閉じて僕に向き直った。


「すまなかったな。これで終わりだ。……ところで何でワンピースを着ていないんだ?」


 僕は思わず顔を引きつらせる。


「途中で着替えてきたに決まっているだろ。あんな格好でここまで移動してきた日には悪目立ち確定だよ」

「今日一日、女装した君の姿を楽しみにしていたんだがガッカリだ」


 勝手に人の女装姿を励みにしないでもらいたい。


「カメラで大体の情報は掴んでいるが一応、君からも何があったか説明してくれるかな」

「ああ。言われた通り、海岸の防波堤で待ち伏せしていたんだけどさ……」


 僕は椅子に腰かけると海辺であった出来事について要点をまとめて話した。


「なるほどな。三人の男か。檜原に榎田、それに茨木か」

「大した情報じゃあないかもしれないけど」

「……いや、いくつか分かったことがある。まず宿木の方にはそれほどの組織力はなさそうだ。居てもせいぜい五人か六人。いや、もしかしたらその三人だけかもしれない」

「え? 本当か?」

「ああ。ネットで情報収集してみたがあいつの設立した『宿木電子』は社員そのものは四人だけなんだ。しかもその役員の名前は今、君の言った名前と一致している。プロフィールからして留学先の大学や中学時代の知り合いといった関係のようだな。儲け話があるからとでも言われて協力しているのかもしれない。……なんにせよこの少人数だ。おそらく広報とかは外注にして、経理や庶務なんかはバイトや派遣に任せているんだろう」

「そんなんで成り立つものかな。……でも何でそう言い切れる?」


 彼女は得意げに笑いながらウインクして見せる。


「つい先日、私たちが家を出たときに警察が職務質問してきただろう。あれは宿木の情報操作によるものだが、逆に言うと自分たちの手で確実に捕まえるよりも警察の手に頼らざるを得なかったということになる」

「そうか。あの時は量子コンピュータを盗み出して、自分たちの地盤を固めることに精いっぱいだった。だからこそ花咲を犯罪者に仕立てあげて間接的に邪魔をしようとしていたわけだ」


 つまり「直接彼女の家を見張らせて動きを抑えるような人手はなかった」ということなのだろう。


「さらに言うと後ろ暗いことをするとなればその事を知っている人間は少ない方が良いだろうからな。まあ量子コンピュータさえ手に入れてしまえば、人手が少なくともどうにでもできるという目算だったんだろう。……そして、だ」


 彼女はパソコンを操作してある画面を表示した。それは横浜のふ頭にある倉庫周辺の地図のようである。


「なるほどね。どうやら量子コンピュータはここにあるみたいだ」

「えっ。どういう事だ?」

「ほら。羽虫にナノマシンを組み込んだ情報収集端末を覚えているか」

「ああ。この間メンテナンスしていた奴か。…………あ、もしかして虫寄せスプレーを仕掛けさせたのは」

「もちろん近くの虫を集めて相手をかく乱させることだけが目的じゃない。あらかじめスプレーと一緒に実はあの羽虫も何匹か放たれるようになっていた。ついでにあのスプレーの薬品に反応して追跡するように調整しておいたんだ」


 そうすると、あの羽虫がスプレーの効力につられてあの男たちについていくことになる。つまり、発信機の役割を果たしてあいつらの本拠地を突き止めることができるわけだ。


「そう言えば、雑誌の取材やインタビューでは会社は都心のビルに入っていることになっていたな。でも実はそこには量子コンピュータは保管されていない、という訳か」

「だろうね。ダミーを都心のビルに置いてマスコミの取材に答えていたんだ。実際はこっちの倉庫があいつらの活動拠点ということさ」

「じゃあ、この間言っていた一つ目の条件はクリアしたわけだ。次はどうやって入り込むか、だな」

「ああ。……でもとりあえず君は一度家に帰った方が良いだろう。学校だってあるだろうし」

「えっ」


 その言葉に虚を突かれて僕は思わず言葉に詰まる。


 しかし彼女のいう事にも一理ある。今日は結局学校をさぼってしまった。親には友達の家で勉強会をすると言ってあるが、このままでは学校から連絡が行くのも時間の問題だろう。


「確かにそろそろ家に戻らないと親も流石に何か言ってくるな。……だけど、大丈夫なのか? 家にも帰れないし外にも出られないこの状況で僕がいなくても」

「ああ。心配しなくとも、次に協力してほしい時にはまた連絡する。それにマスクと帽子をして監視カメラに気を付ければ外出くらいはできる。……気遣ってくれるのは嬉しいが、あまりこっちに入り浸っていたら君の身のまわりの人も心配するだろう」


 そう言って彼女は気丈に笑って見せる。


「それからこのところ私に気を遣って床で寝ているようだな。ご褒美に今度何か君にやってもらう時には私のベッドで寝ていいからな」


 それはどういう意味なのだろう? 


 僕は思わず反応に困って赤面し、彼女はそんな僕を見てニヤニヤとした笑みを浮かべたのだった。

 

 その日の夜、僕は家に帰り、友人の家で勉強会をしていたらあまりにはかどったためそのまま泊まり込んだという言い訳にもならない言い訳をした。しかし幸か不幸か両親はそのことを疑って責めることはなく、むしろ友人が少なかった僕に泊まり込んで一緒に遊ぶような相手ができたことを大いに喜ぶような始末だった。

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