第12話 しおかぜに消える
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六月二十四日
季節を先取りしたかのように暑い日が続いていた。
本日は、私の結婚記念日になるはずだった日。
なんだかおかしな言い回しになってしまうが、現実を端的に表現するならこれが最も相応しい言い回しであろう。
あの居酒屋での一件以来、健太君と話す機会は増えていた。
あの日、あなたは何も悪くない、と言ってもらえたことが嬉しかった。以降、私は、健太君と話をする度に失った自信を取り戻していった。
――もう踏ん切りを付けよう。リセットするんだ。
紆余曲折の人生、辛酸をなめる人生、もとい、私はどん底に落ちてしまったが、それももう終わり。ここから新しい一歩を踏み出すんだ。
夕方、ピリオドを打つ為に、敢えて優斗にポロポーズを受けた思い出の場所を訪ねていた。
濃紺の空と海の間に沈む夕日の残滓。
オレンジ色を僅かに残す黄昏時にしばし浜辺を散策する。
潮風が心地よく私の髪を撫でた。
向こうに見えるのは海を眺望する高級レストラン。
ここに来たのは食事するためではない。もちろん。
ケジメを付けるためである。
落ち着いた気持ちで海を見ることが出来ていた。
涙も出なかった。
よし、と言って大きく息を吸う、吐き出す。私は放った。
一瞬の瞬きを残して星は消える。
エンゲージリングが波間に飲まれた。
「さようなら」
溜め息の余韻と共に肩から重荷を下ろす。これで始末は付けた。
……と思っていたのだが。
私は夕闇の中にこちらを見ている人影を見つける。
見えていたのはシルエットだけ。なのに、それが誰だか直ぐに解った。優斗だ。
「菜月……」
聞こえてきたのは慣れ親しんだ声。私の耳は波音に消された音を言葉として捉えていた。
残り時間 283日と23時間25分10秒
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