第22話 球技大会 其の12

 もう一方で、澄と祥子が握手をしています。


「祥子、全力で行くわよ」

「あたしもよ、澄。力いっぱいやらせてもらうわ」


 こちらでも、勝負の前の握手がこころよく行われているようですが、その握手をしている二人の心中は、とんでもなく百合百合ゆりゆりしいのでした。


「わたしったら、なんてことをしているのかしら。全校生徒の目の前で、祥子と手をつないでいるなんて。わたしと祥子は女の子同士なんですもの。手をつなぐくらい、別に変じゃないわ。ちょっと仲の良い女の子同士の友達なら、普通にすることよ。だけど、こんなに大勢の人間が注目している中で、二人で手を握り合うなんて。いいえ、違う、違うわ。これはあくまで、スポーツをする上での、ごく自然な約束事みたいなものよ。けして、わたしと澄は、人に後ろ指を指される様なことはしていないのよ。道徳心やらモラルやらなんかを気にして、秀みたいな、なんちゃって二枚目さんなんかを、私の彼氏と言うことにしているけど、そんな欺瞞ぎまんに満ちた日々は、すべてこの時のために存在したのよ。だけど、ああだけど、祥子。あなたって女の子は、なんて可愛いのかしら。世の中の女の子たちは、古賀本明みたいな男を、アイドルだのなんだともてはやしているけど、そんなのは、ただ女性は男性をあこがれなくてはならないという、固定観念にとらわれているだけよ。この瞬間に、こんなにも可憐な女の子が、私の眼前にいるというのに。そして、今まさに、わたしの手を握っていてくれている、美少女が、私の真の恋人なのよ。そうよ、ただいまをもって、事実を明らかにすべきだわ。わたしが本当に愛しているのは、隣にいる高長秀なんていう、女を利用することしか考えていない、男尊女卑に凝り固まった考えしか持ち合わせていないような男じゃなくて、テニスネットでさえぎられたさえぎコートの反対側にいる千沙川祥子だって。ああ、いけないわ。そんなことをおおやけにしちゃったら、祥子にだって迷惑がかかっちゃうわ。そんなことは、断じてしてはいけないもの。それにしたって、そんなわたしと祥子が、今からテニスネットで離れさせられて、宿命の戦いを演じなけらばならないなんて、神様はなんて残酷な運命を、私と祥子に課すのかしら。祥子、あなたならわかってくれるわよね。たしかに、私と祥子は、今は敵同士だけど、それは、非常な現実にもてあそばれた結果であって、心の底から憎みあっているなんてことはありはしないんですからね、そうでしょう、祥子。ああ、今すぐにでも、こんなじゃまっけなテニスネットなんて飛び超えて、祥子を抱きしめたいわ。だけど、それにはとりあえず、今わたしがつないでいる、祥子の手を一旦は離さないといけないわね。そんなこと、わたしにできるかしら。ほんの一瞬だけとはいえ、自分から祥子の手を振りほどくなんて。わたしの手に、直接祥子の体温を伝えてくれる、この祥子の手のひらを。いいえ、そんなもったいないこと、とてもわたしにはできないわ。例の場所では、わたしを思う存分抱きしめてくれる祥子の手だけど、あそこは、わたしと祥子だけの秘密の場所だからじゃない。今、わたしと祥子が手をつないでいるこの場所は、公共の、パブリックスペースなのよ。そんなところで、わたしの祥子と、手を握り合っていられるのに、自分から、その幸せを手放すなんて、できるはずないじゃない。いっそのこと、ただの握手だけじゃなくて、指と指まで絡ませちゃおうかしら。恋人つなぎまで、行っちゃおうかしら。きっとそれくらいなら、ばれやしないわよ。ほんのちょっとだけ、私の指と、祥子の指が、位置関係を変化させるだけだもの」


 自分と手をつないでいる澄が、そう言った妄想をひねらせているわけですが、そんなことは、祥子は百も承知です。それでもなお、祥子は澄の手を握り続けているのです。


「まったく、澄ったら。いくらあたしと、衆人環視の中で手を握っていられるからって、あんまり変なことばかり考えていちゃあだめよ。ほらほら、頑張って冷静な表情を保ち続けようとしているみたいだけど、そんなんじゃあ、他の人はだませても、このあたしはとてもじゃないけど騙せませんよ、澄ちゃん。まあ、それもしかたないか。こんな大勢が見ている中で、あたしと手をつないでいられるんだからね。でも、握手だけで満足しちゃうのかなあ、澄ちゃん。ひょっとしたら、今すぐにでも、テニスネットなんか飛び越えちゃって、あたしを抱きしめたいんじゃないかなあ。でも、それには、いったんあたしの手を振りほどかないといけないよ。そんなこと、澄ちゃんにできますかねえ。今、このたくさんの人がいるテニスコートという場所で、あたしと握手できているだけで、それだけ舞い上がっているような澄ちゃんに。おや、澄ちゃん、あたしとの握手をやめることはできませんか。だけど、恋人つなぎならセーフかもしれませんよ。指と指とを絡ませるくらい、ばれっこありませんよ。それにしても、澄が自分の内なる衝動を抑え込んでいる姿、ぞくぞくしちゃうわ。人前では、あんなに華麗さを演出している澄が、あたしと二人きりになると、すっかり甘えんぼさんになっちゃうんだもの。そのうえ、その事実を知っているのはあたしだけときてる。ううん、たまらないわ。ああ、秀君と明も知っているかもね。どうだっていいけども。さあ、澄。もっとあたしに、女の子を求めてやまない野生の雌としての本能をふさごうとする、文明人の理性を見せてちょうだい。だけど、世間の女は、高長秀みたいな男の子にときめいているみたいだけど、あたしにはちっとも理解できないわ。澄と言う素晴らしい存在が、いままさに、あたしと握手しているというのに。澄、これだけは理解してほしいな。あたしは、隣にいる、古賀本明なんて、男の癖にかわいいアピールする人間、何とも思っていないんだからね。あたしの本当の恋人は、テニスネットの向こう側にいる、草深澄その人なのよ。それなのに、今からあたしは、その澄と雌雄しゆうを決さなければならない。なんて残酷なのかしら。世の中に必要なのは、めすだけと決まっているというのに。だけど、澄の気高くて凛々りりしい顔が最高にあたし好みなのは当然としても、顔だけじゃあないのよね。今この瞬間に、あたしの手とつながれている、澄のほっそりとした背の高さに、ぴったりフィットしている、滑らかな手のひらの先にあるしなやかな指。その手が、あたしの手を握っていて、さらに指と指を絡ませたものかと逡巡しゅんじゅんしているのだから、たまらないったらないんだから」


 そのようなつやっぽいことをお互いに考えながら、澄と祥子は手をつなぎ続けるのでした。

 



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偽装の恋人 男カップルと女カップルが互いの恋人を交換しあってカモフラージュしちゃった @rakugohanakosan

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