第21話 球技大会 其の11

一方で、秀と明が、握手をしています。


「明、手加減無用だよ」

「こちらこそ、秀。遠慮はしないからね」


一見、試合の前の爽やかな握手ですが、それをしている二人の心の中では、色々なバラ色の情念が渦巻うずまいています。


「ああ、僕は、今、全校生徒の目の前で明と手を握っている。男同士が、手を握るなんて、本来なら不自然だ。ゲイだの男色だの言われかねない。でも、今は違う。試合の前の、スポーツマンシップにのっとった、ごく自然な行為だ。こんな日が来るなんて。人目を気にして、澄みたいな高慢ちきな女と、恋人をよそおわなけばならない、あの辛く長い日々も、この瞬間全てが報われる。それにしても、明。君と言う男の子はなんて可愛らしいんだ。世間の男どもは、千紗川祥子みたいな女を、可愛い可愛いと褒めそやしているが、あいつらは何もわかっちゃあいないんだ。今、この僕の目の前に、こんなにも可愛い男の子がいると言うのに。そして、僕と、まさにこの瞬間に手を繋いでくれている、美少年が、この高長秀の本当の恋人なんだ。あああ、声を大にして言いたい。僕が本当に愛しているのは、隣にいる草深澄なんていう小生意気な女ではなく、テニスネットを隔てた向こうにいる古賀本明だって。それにしても、なんという運命のいたずらなんだろうか。こんなにも愛し合っている僕たち二人が、今から、テニスネットで二人引き裂かれて、血で血を洗う戦いを演じなければならないなんて。明、信じてくれよ。僕は、全力で君にボールを叩き込むけど、決して明が憎いわけじゃあないんだ。悪いのは、明と僕との神聖な愛を認めない世間なんだ。本来なら、今すぐにでも、ボールじゃあなくて、僕が明のところに飛んで行きたいんだ。だけど、明の手を握っている、この僕の手を離したくもないなあ。こうして、明と手を握っていると、明の体温が直に伝わってくる。それにしても、明の手、最高だなあ。明は、顔も僕の直球ど真ん中なんだけど、手だって、実に僕好みなんだよなあ。一見、小柄な明の身長に見合った小さな手のひらなんだけど、この前のチンピラを簡単にのしちゃうくらい、本当は力強いんだよなあ。この明の手が、例の場所では、僕のいろんなところを触ってくれるんだよなあ。いけないいけない。テニスコートという公共の場所で、しかも全校生徒が集まっているのに、握手だけじゃあ物足りなくなってきた。流石さすがにそれはまずいよなあ。でも、ただの握手じゃなくて、指と指を絡ませる恋人繋ぎくらいなら、ばれないかもしれない。明の小ぶりながらも力強い指が、僕の指と重なり合ってしまうんだ。公衆の面前で」


自分と握手をしている秀が、そんなよこしまなことを考えていることを、明はお見通しなのです。その上で、明は秀と握手をし続けているのです。


「どうせ、秀のやつは、俺と握手しながら、セクシャルなことばかり考えているんだろうなあ。なにせ、こんなに大勢の人間の前で、なんの気兼ねもなく俺と手を繋げるんだからな。おやおや、秀君や。表情がどこかぎこちないよ。遠くにいる観客たちにはわからないかもしれないけど、俺には、秀が何をごまかそうとしているのか、全部わかっているんだからね。俺と手を繋いでいられることが、そんなにたまらないのかい。でも、手を繋いでいるだけで満足なのかい、秀。違うだろう、お前は、この程度で終わるような男じゃないはずだよ。だけど、テニスコートという公共の場所で、しかも全校生徒が、俺たちを注目しているという状況だから、必死になって自分を抑えているんだね、そうなんだね。でも、お互いの指と指とを絡ませる、恋人繋ぎならばれないかもしれないよ。きっと、秀もそんなことを考えているんじゃないのかな。やってみなよ、秀。ばれやしないよ。それにしても、秀が必死になって自分を抑制している姿、たまらないなあ。秀って、普段人前では、王子様然としてて、タフなイメージで売ってるけど、俺と二人きりになると、途端に子猫ちゃんになってくれるんだよなあ。もちろん、その秀の正体を知っているのは俺だけさ。まあ、祥子と澄さんも知っているだろうけど、どうでもいいや。ああ、いいねえ、秀の、野生の男としての本能と、文明人としての理性がせめぎあっているその姿。世の男どもは、草深澄みたいな女を、美しい美しいとあがめているけど、本当に美しいのは、今ここで俺と手を繋いでいる高長秀、その人さ。秀、わかってくれよ。俺が心の底から愛しているのは、俺の隣にいる千紗川証拠みたいなぶりっ子じゃあなくて、テニスネットを隔てた向こうにいる、高長秀、君なんだからね。そんな秀と、今から雌雄しゆうを決さなければならない。なんという運命の皮肉なんだろう。決まるのはおすしかないじゃないか。それはともかく、顔だけじゃないんだなあ。たしかに、秀の気品あふれる整った顔立ちも、最高に僕好みだけど、今、僕の手と繋がれているこの秀の手。そのすらっとした長身にふさわしい、細くて長い指を備えた色気あふれる手のひら。その手が、こうして俺の手と繋がれていて、その指と指とを絡ませたものかと迷いに迷っている。ううん、どうにかなっちゃいそうだ」


そんなみだらなことを考えながら、秀と明は、手を繋ぎ続けるのです。














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