第19話 球技大会 其の9

スパーン!


見事に秀のオーバーハンドサーブが決まりました。成功です。対角線方向のサーブコートエリアに、ボールが入って行きました。秀は大はしゃぎで騒ぎ立てます。しかし、はしゃいでいる理由は、ボールがラケットに当たったからで、ボールがどこへ行ったかまでは、考えが及んでいないようです。それもそのはず、目を閉じていたから、ボールの行き先なんてわかるはずもないのです。


「凄いよ、明の言う通りにしたら、ボールがラケットに当たったよ。みんな明に任せていればいいみたいだ」


大いに喜んでいる秀に、明が一言付け加えます。


「ボールがラケットに当たっただけじゃあないよ、秀。ちゃんと、ボールは行くべきところに飛んで行ったよ」

「本当かい、明。でも、やっぱり僕の明だなあ。前に澄とやった時は、てんでうまくいかなかったのに」

「どうせ、テレビか何かを見ただけで、上手くできるとでも思っていたんだろ、秀は。全く、テニスをするなら、一言俺に言ってくれればよかったのに。ちゃんとした助言があれば、秀ならこれくらいはできるようになるんだから。それにしても、澄さんと二人だけでテニスなんてしちゃって、その上、俺に秘密にしているなんてひどいじゃないか、秀。俺と秀の間に、なんだか深い溝を感じちゃうなあ」


そう意地悪そうに、秀を軽くからかう明の言葉を聞いて、秀は必死で弁解するのです。


「そんな、明! ひどい事を言わないでよ。四人で話し合ったことじゃないか。『恋人同士と言うことにしているんだから、ずっと四人でいるのはおかしい。男女のペア二人の時もあるべきだ』って。僕だって、本当はずっと明といたいんだよ」


秀の弁明に対して、明は、さらに秀を責め立てるのです。


「うん、秀と澄さんが、二人だけでテニスをしに行ったことは、まあ良しとしようじゃないか。でも、その事を秘密にしていたのは、いただけないなあ」

「だって、澄とテニスをしたなんて話になったら、『楽しかった?』とか、『上手くできた?』とか言う話になるじゃあないか。そんな話題になったら、僕は明に、嘘をついたり、適当にその場をしのいだりするなんてこと、できやしないんだ。きっと、何もかも明に話してしまうんだよ。どれだけ無様だったかをね。そんなことになったら、明は僕を嫌いになるかもしれない。そんなこと、僕には耐えられないよ」


今にも泣き出しそうな秀に、一転して明は、優しい言葉をかけるのです。


「お馬鹿さんだな、秀は。俺が秀を嫌いになるなんてこと、あるはずないじゃないか」

「本当かい、明」

「本当だとも、秀。それに、秀がテニスを下手だってことは、むしろ俺にとってポイントアップだよ。普段はあんなに貴公子みたいに振る舞っている秀が、実はテニスが大の苦手で、しかもそれを知っているのは俺だけなんて、最高にゾクゾクするシチュエーションじゃないか」

「ええ! そんな重大な秘密を明に知られてしまったら、この僕は、どんなことになっちゃうんだい」

「さて、どんな風にされちゃうんだろうね、秀。恐喝のタネを握られてしまって」


そんな、恐喝だの何だのと言った物騒な事を、楽しそうに、まるで、次のデートコースを決めているカップルのように話している秀と明に、冷ややかにツッコミを入れる澄と祥子です。


「あの、一応このわたしも、秀と一緒にテニスをやったから、秀の実力は重々承知しているのだけど、お二人さん。そろそろ、その痴話喧嘩に見せかけたプレイを、辞めていただけますか」

「あたしも、明と秀君のやりとりを聞かせてもらったから、秀君のテニスの腕前に、おおよその察しはついているわ。だいたい、例の場所で、秀君と澄が、どれだけみっともないテニスをしでかしたか言っていたじゃない、二人揃って」

「あの、祥子。あんまり、みっともないとか、言わないでくれるかな」

「あ、澄。そうね、ごめんごめん。それで、明に秀君。そろそろ、四人での練習に入ってもいいんじゃないかな」


祥子の提案に、他の三人も同意しますが、澄が不安を口にします。


「でも、テニスってサーブで始まるじゃない。わたし、秀がさっきみたいなサーブしたら、とても打ち返せないわよ」


澄がそう言うと、秀もそれに続きます。


「そうだよ、僕だって、明以外のサーブじゃだめだよ。別に澄がどうとかじゃなくて、明じゃなきゃだめなんだ」


澄と秀が、そう不安げになりますが、祥子と明が、その不安を解消してくれます。


「それなら心配ないよ、澄。男女混合テニスはね、女子のサーブは女子が、男子のサーブは男子が返すって言う暗黙の了解があるのよ。だから、澄、澄が受けるサーブは、あたしのサーブだけだから、安心して、じゃんじゃんサーブを受けていいのよ。逆に、澄のサーブは、全部あたしが返すから、どんどんサーブしちゃってね」

「そう言う事だよ、秀。秀は澄さんや祥子のことは考えなくていいんだ。俺のことだけを考えていろ。秀のために、俺はどんぴしゃのサーブをするから、秀は安心して、俺のサーブを受けきってくれ。反対に、秀のサーブは、全部俺が受けるから、思いっきりやってくれよ、秀」


祥子と明の言葉に、澄と秀は、もう自分の本当の恋人以外は目に入らなくなってしまいます。


「わかった、祥子。わたし、祥子だけを見てる。男女混合テニスで、コートには四人いるけど、わたしと祥子の二人だけで十分よ。二人だけのダブルスマッチよ」

「もう、僕に必要なのは、明だけだよ。男女混合テニスで、コートには四人いるけど、僕には、明がいればそれで他には誰もいらないんだ。二対二のペアマッチだけど、実質、一対一のシングルスだ」

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