第18話 球技大会 其の8

 そんなこんなで、四人の、二人ずつ組んだ特訓がひとしきり続いています。澄と祥子の特訓は、なかなかに微笑ほほえましいものとなっています。


「ほら、祥子。また入ったわ。だいぶ入れられるようになったわよ」

「すごいじゃない、澄。大した上達っぷりよ」

「そんなあ、祥子のおかげだよ」

「何言ってるの、澄の筋がいいからよ」


 澄と祥子が、そんなふうにきゃっきゃうふふとしている隣で、秀と明が、激しいスポコンを演じています。


「ほら、秀。まだまだボールに勢いが足りないぞ。俺に遠慮でもしているのか。だったら、そんな必要はないからな」

「なにを! そこまで言うのなら、もっともっと、激しく打ち込んでやる、明」

「その意気だ、秀。くれぐれも、台本があるなんて、観客に思わせちゃあいけないんだからな」

「だったら、これまで以上に大胆に行くからな、明」


 そんな秀と明との激しいラリーを見て、澄と祥子は、呆れるやら、感心するやらです。


「あっちはあっちで、うまくやっているみたいね、祥子」

「そうみたいね、澄。それにしても、よくもまあ、あそこまで仕上げたものだわ」


 秀と明とのラリーが一段落すると、澄と祥子が男性陣に話しかけます。


「随分と熱い戦いを演じてらっしゃるじゃない、秀」

「ああ、澄か。僕はただ、目をつぶってラケットを振っているだけだからね。熱い戦いに見えるとしたら、それは全て明のおかげさ」


澄と秀のやりとりを聞いて、祥子が驚きの声をあげます。


「『目をつぶって』って、それ、一体どういうことなの」

「祥子、それは、俺が秀の振るラケットにボールが当たって、こっちのコートに戻ってくるように、コースやらタイミングやらを、コントロールしてボールを打っているんだ」


明がそう答えると、秀も相槌あいづちを打ちます。


「そう言うことなんだ。僕は、秀がボールを打つタイミングに合わせて、目を閉じたまま走り出して、いちにのさんでラケットを振っているだけなんだ。それであんなに格好良くラリーを続けられるんだから、全く明さまさまだよ」


秀と明が、他愛もないことのように話していることを聞いて、澄が驚きを通り越して、呆れたような返事をします。


「なんだか、何かとんでもないことをしているようだけど、とにかく、球技大会のテニスの試合が、形にはなるようでほっとしたわ」


澄の感想に、祥子が続きます。


「でも、それなら、秀君のサーブはどうするんですか。サーブは、秀君が自分一人でやらなきゃあいけないんですよ」


祥子の疑問に、明が答えます。


「うん、そうだね、祥子。祥子が疑問に思うのも当然だ。そこで、秀。ちょっとオーバーハンドサーブをする格好をしてくれるかな。テニスの試合で、よく見るようなやつ」

「でも、明。僕は明が打ってくれるボールじゃないと、とてもじゃないけどラケットに当てられないよ」


怖気付おじけづく秀に対して、明がなんとかなだめすかして、サーブをやらせようとします。


「まあまあ、とりあえず構えるだけ構えてみてよ。俺、秀が格好良くサーブしようとするところ、見たいなあ」

「えっ、そうかい、明。明がそんなことを言うのなら、『やっぱり無理』なんて僕に言えるはずないじゃないか。それじゃあやるよ。こんな感じかな」


オーバーハンドサーブの構えをする秀へ、明がリクエストをします。


「そうそう、秀、決まってるよ。それじゃあ、そこから、ボールを真上に投げてみてくれるかな」

「こうかな、明」


明の言う通りに、ボールを投げ上げる秀です。そんな秀に、明は新しくボールを渡しながら、適宜てきぎ修正を加えていきます。


「うん、いい感じだよ、秀。今度はもっと高く。おっと、高すぎだ。次は心持ち低めに。おお、いいねえ。その調子だよ。じゃあ次はサーブのスイングだ。まずはボールなしでやってみようか。俺が合図したら、ラケットを振ってくれ。合図は、そうだな、試合では、俺はサーブに備えて、こう構えているから、よし、こうしよう。俺が声を出す。『来ーい』とか、『来やがれー』とかだ。俺の声が聞こえたら。ラケットを振るんだ。いいね、秀」

「わかったよ、明。ボールなしで、明の声が聞こえたら、ラケットを振るんだね。ええと、こう構えて、ボールを投げて……」


秀がボールを投げる仕草をするタイミングに合わせて、明が声を出します。


「来ーい! 」


その明の言葉を聞いて、秀がラケットを振ります。

「やあ、と。こんな感じかい、明」

「完璧だよ、秀。やっぱり、フォームだけなら、何にも言うことはないよ。やっぱり俺の秀だからな。実に華麗だ。惚れ直しちゃったなあ」

「辞めてくれよ、明。照れるじゃないか」


明の、『フォームだけなら』との言い方は、取り用にとっては、『フォームは綺麗なのに、いざボールを打つとなると、全然駄目だな。ちゃんちゃらおかしいぜ』とも取れるのですが、当の秀は、ただ照れ臭そうにしているだけです。愛しの明が言う言葉です。どんな言葉でも、秀は嬉しくなるのでしょう。そして、次の指示をする明です。


「よし、じゃあ本番だよ、秀。実際にボールを投げてくれ。それと同時に目をつぶるんだ。そして、俺の声が聞こえたら、ラケットを振ればいい」

「ああ、わかったよ。目を閉じて、明の指示に従えばいいんだね」


明の言葉通りに、秀は、サーブの構えをして、ボールを投げ上げると同時に目をつぶります。そして、明の声が響きます。


「来ーい!」










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