第16話 球技大会 其の6
そして、次に、澄と祥子の特訓です。
「じゃあ、始めましょうか、祥子」
「おや、あたしのことを、今なんとおっしゃいましたか、澄さんや」
「えっ、祥子を“祥子”って呼んで、何か問題なの。いつもそう呼んでるじゃない」
「大問題です。
「は、はい、祥子……もとい、コーチ」
「よろしい、びしばし行くから、せいぜい覚悟することね」
「び、びしばしですか。と言いますと、コーチ。『俺は今からお前を殴る。殴られたお前は痛いが、殴った俺は、もっと痛い』とか、『コーチ、わたし、出来ません』『甘ったれるな』パチーン! とか、そのようなことですか」
変に、芝居掛かった言い回しをしていた、澄と祥子でしたが、祥子の期待と不安の入り混じった問いかけに、急に冷静になって答える祥子です。
「何を、
「その、急に素に戻られても、こっちが恥ずかしくなってきちゃうじゃない。しょ……コーチ」
「このご時世、体罰なんてご
「で、でも、厳しい鬼コーチに、精神的にも肉体的にも、ぼろぼろにされるというプレイは、なにかこう、心の
「はいはい、それじゃあ、この球技大会の男女混合テニスがうまく行ったら、二人でいいことしましょうね、澄」
「本当、本当なのね。わたし、期待しちゃうからね。すっごいこと、期待しちゃうからね」
「いいですよ、いいですよ。思う存分、期待しちゃってくださいな。でもその前に、特訓よ、特訓。それから、もう、“コーチ”って呼ばなくていいわ。いつも通りの澄でいいわ」
「わかりました、澄」
澄をなだめながら、祥子が、二人で特訓を始めます。
「それじゃあ、澄。一回、サービスしてみせてくれる」
「えっ、サービスするの? こんな場所で? もう、祥子ったら」
「澄、あたしにこのまま見捨てられてもいいの」
「すいません、真面目にやります」
そう言って、澄はボールを持って、サーブをしようとします。オーバーハンドサーブを……
すかっ!
ボールは、ラケットにかすりもしませんでした。恥ずかしそうにしている澄。そしてそれを冷ややかに見ている祥子。澄が照れ臭そうに言い訳をします。
「やっぱり、全然駄目ね。ごめんね、祥子。こんなだめだめなわたしで」
「澄、なんで、サーブをそういう風にしようと思ったの」
「そりゃあ、テレビとかだと、みんなこんな感じでやってるじゃない。サーブって、こう言うものじゃあないの」
そう言う澄に対して、祥子がサーブをしてみせます。アンダーハンドサーブを。
ぱこん! ふよふよ 、てんてんてん。
祥子のラケットで打たれたボールは、大きな山なりの放物線を描いて、反対側のコートの、対角線側にあるサービスエリアの落下して、転がっていきました。成功です。初心者感丸出しの、
「わ、入った。凄い、さっすがわたしの祥子。やっぱり素敵」
「褒めてくれて、どうもありがとう、澄。それで、あたしのサーブどうだった」
「どうって、素晴らしかったわよ。祥子のやることですもん、やることなすこと、非の打ち所がないに決まってるじゃない」
澄が自分を手放しで褒めてくれるので、祥子は顔を赤らめますが、気を取り直して、質問をし直します。
「そうじゃなくてね、澄」
「あ、そうよねえ。祥子のすることに、なんでもかんでも、きゃあきゃあ言っちゃったら、かえって失礼かしら、やっている内容にはまるで無頓着みたいで。でも、祥子は本当に最高なんだもの。だけどね、わたしを、ただきゃあきゃあ言うだけの、ミーハーなファンみたいに思わないでちょうだいね。わたしが、どれだけ祥子のことを思っているか、祥子ならわかってくれるでしょう。わたしはね……」
澄の率直な物言いに、祥子は、ますます顔を赤らめてしまいますが、なんとか話を続けようとします」
「わかった、わかったわ、澄。澄があたしのことを大事に思ってくれているのはわかったから。それより、あたしのサーブ、どこか変わったところはなかった」
「ああ、そう言えば、選手がやるようなのとは、違う感じだったね。やっぱり祥子ね。あれって、なにか特別な高等技術なんでしょう。そんじょそこらでは見られないような。でも、普通のサーブですら、まともにできないわたしなんですもの。祥子みたいなすっごいやつは、とてもじゃないけどできそうにないわ」
「ちょっと、澄。あたしの言う通りにしてね」
そう言って、祥子は澄にアンダーサーブをさせようとします。手取り足取りで。
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