第12話 球技大会 其の2

「男には男の世界があるんだからさあ、男同士の勝負に、女が入ってくるものじゃあないって言いたいよ。なんで、男女混合テニスなんてものがあるのか、理解に苦しむよ。そこへ行くと、男子テニスダブルス。いいねえ、実にいい。そう思わないかい、秀」

「えっ、そ、そうだね、明」

「鍛え抜かれた男の体で、とても現実には起こせないような技を繰り出して、お互いに切磋せっさ琢磨たくまし合いながら、高め合っていく、二人と二人の男同士が繰り広げる勝負の世界。今思い出しても、ワクワクするよ。スポーツってのは、ああいう風でないとね」

「でも、僕たち四人は、さっきまで、散々、ののしられていた、その男女混合ダブルスをしなくちゃあならないんだよ」


秀のその一言で、しばらく気まずい沈黙が流れます。その沈黙を、作り出した張本人である秀が破ります。


「それでさ、明。明はテニスの腕前の方は、どうなのかな」

「俺かい。まあ、それなりにはこなせるけれども。祥子は? 確か、俺たち二人でテニスしたことあったよね」

「あたしですか、明。そう言えば、あの時は明と二人で、軽くラリーを続けられるくらいにはなったんだっけ。澄はどうなの?」


祥子に水を向けられた澄ですが、うつむいてしまって、祥子の目を見ようとはしません。そして、秀もまた、いつのまにか、顔を両手で隠してしまっています。その様子を見て、明と祥子は、自分の本当の恋人に、呆れながら尋ねます。


「おいおい、秀。お前、もしかして……」

「ねえ、澄。あなた、ひょっとして……」


そう、自分の真の恋人に聞かれて、秀と澄は、二人とも、絶望の声をあげるのです。


「そうだよ、その通りだよ、明。この高長秀は、ボールをまともに打ち返すことだってできやしないんだ。明達がテニスに行ったように、僕も澄とテニスをしに行ったことがあるんだ。『素敵な恋人同士が、二人で爽やかに、テニスコートで舞い踊るようにプレイするのも、なかなか乙じゃあないか』と思ってね。結果は最低だったよ。踊りは踊りだったかもしれないが、あれは、まるで盆踊りのようだったよ」

「そうよ、そう通りなのよ、祥子。この草深澄は、サーブを相手のコートに入れることさえできやしないのよ。祥子達がテニスに行ったように、わたしも秀とテニスをしに行ったことがあるのよ。「私たちみたいな理想のカップルは、テニスコートで華麗にたわむれあって、二人で、美しい汗を流してしかるべきじゃあない』なんて考えてね。どうなったかは思い出したくもないわ。美しい汗どころか、なんか、変な匂いがしそうな汗だったわ」


そうして、悲しみに打ちひしがれる秀と澄を見て、明と祥子は、当然の疑問を口にします。


「だったら、どうして、テニスになんか立候補したんだよ、秀」

「それなら、なんで、テニスなんてすることにしたのよ、澄」


その、明と祥子の疑問に、秀と澄が、取り乱しながら答えます。


「だって、明。クラス中が、僕と澄のダブルスを優雅にするさまを期待しているんだよ。その期待にこたえないわけにはいかないよ」

「そんなの、祥子。クラスのみんなに、わたしと秀の、恋人同士でテニスコートを舞台にした、華麗なラブアクションを見せるために決まっているじゃない」


秀と澄の、エンターティナーとしては、理想的な心構えに、明と祥子は確認をします。


「それで、秀。秀は、そのクラス中の期待に沿ったテニスができるのかい」

「だったら、澄。澄は、実際にその華麗なラブアクションとやらをすることができるの」


明と祥子の、残酷とも言える質問に対して、秀と澄は、息のぴったりあった、二人同時の返答をします。


「お願いします、明。何とかしてください」

「お願いよ、祥子。何とかしてちょだい」


秀と澄のお願いに、明と祥子はやれやれといった様子で、お互いの顔を見合わせます。そして、祥子が秀と澄に、優しく言葉をかけるのです。


「ねえ、澄、それに秀君。あたし達四人は、言ってみれば真実を隠すために、普段から演技をしている訳じゃない」

「そんなの、今更言うまでもないことじゃあないか、祥子さん。演技でなければ、誰がこんな、高飛車生意気女を彼女になんかするものか」

「何を決まりきったことを蒸し返すのよ、祥子。わたしが愛しているのは、あなた一人なのよ。秀みたいな、なんちゃってクール気取り野郎が彼氏だなんて、演技以外にあるはずないじゃない」


秀と澄が、お互いをけなしあっているところに、祥子が口を挟みます。


「はいはい、ご両人、痴話喧嘩はそれくらいにしてですね……」


祥子がそう言うと、秀と澄は猛然と抗議をします。


「何が痴話喧嘩だよ、祥子さん。変な冗談言わないでくれ。明、君ならわかっているだろう。僕と澄の関係が、ただのフィクションだってことに」

「そうよ、祥子。よりにもよって、わたしがたった一人愛している、あなたがそんなことを言わないでちょうだい。痴話喧嘩だなんて……」

「二人とも、ダブルスの相性抜群じゃあないか。それじゃあ、二人とも大人しく、祥子が言うことを聞いてごらんよ」


明のその言葉に応じて、祥子が話の続きをします。


「それで、あたし達四人は、虚構の世界で生きている訳だから、球技大会の男女混合テニスも、前もって作っておいた台本通りやっちゃうことで、観客を満足させちゃえばいいんじゃあないかな」


祥子の提案に対して、秀と澄は不満げです。


「それって、四人で八百長しろってことかい、祥子さん。そういうのは、フェアプレイの精神に反すると言うか何と言うか、なあ、澄」

「そうよ、祥子。秀が言うように、他の生徒をだますような真似、スポーツマンシップの観点から言っても、問題があるんじゃない」


秀と澄が、自分たちの立場も忘れて、まともなことを言っていると、明が一言言い放ちます。


「だったら、真剣勝負で行くかい、お二人さん。俺たちは別にそれでも構わないぜ。なあ、祥子」


明の言葉に、祥子も同意します。


「そうね、澄と秀君が、どうしても嫌だって言うんだったら、あたしは、その要求を受けざるを得ないけれども。それでいいの」


祥子がそう確認すると、秀と澄は、態度を一転させます。


「ぜひ、僕と澄のダメダメ男女ダブルスペアに、助力をお願いしたい、明様、祥子様」

「なにとぞ、わたしと秀のお笑い男女ダブルスペアに、協力していただけませんか。祥子様、明様」

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