第7話 秀と祥子

ある、人気のない場所で、昼間にチンピラによって、散々痛めつけられた秀が一人夜風に当たっています。そこに、近づいてくる一人の人間。


「へい、そこの素敵なお兄さん。何一人でたそがれているんですか。よろしかったら、ひとつアバンチュールしてくださいよ」

「なんだ、祥子か。よくここがわかったな」

「それは、秀君みたいな、二枚目気取りの人間はと言えば、昼間にあんなことがあったら、『夜に、一人きりで、昼間の痛みを思い出している自分って、すげえかっこいいじゃん』なんて考えていながら孤独を演じるに決まっています。そうなったら、秀君が一人になる場所なんて、秀君の自宅の場所から、簡単に推察できますよ」

「おお怖い怖い。祥子さんみたいな、千里眼さんに、自宅の住所まで把握されている。この僕はすっかり丸裸だな」

「何言っているんですか、秀君。あたし達は四人で、それぞれの家をよく行ったり来たりしているじゃあないですか」

「おっと、そうだった、祥子さん」

「それに、その二枚目気取りの結果で、澄が怪我せずに済んだんですからね。とりあえず、感謝はしていますよ」

「なんだ、気づいていたのか。その通りだよ。僕が守りたかったのは、高長秀のイメージで、君の恋人の草深澄じゃあないって。もっとも、澄には問題にすべきは結果であって、動機じゃない、なんて言われたけどね」

「その点に関しては、あたしも澄と同意見です。だからこそ、澄に秀君を看病させたんですから。あたしだって、澄に看病されたいし、澄に他の人、それも男を看病なんかして欲しくはないんですから」

「それはそれは、大変申し訳ないことをした。しかし、澄も『私が看病したいのは、自分をかばってくれた恋人を看病する草深澄のイメージであって、秀、あんたを看病したいわけじゃあない』なんて事を言っていたぜ」

「秀君。それ、本気でその通りに受け取ったんですか」

「ほほう、祥子さんの千里眼では、この高長秀を、『自分が体を張って助けた人間が、その後自分を介抱してくれたら、それは打算による行動である』、と判断する人間と見ているのかな」

「意地悪言わないでください、秀君」

「はは、ごめんごめん。しかし、君の恋人の草深澄も、なかなか素敵な女性じゃあないか。必死になって、この僕を看病している姿に、ついつい本気で恋しそうになっちゃったよ、なんて言ったら、どうするね、祥子さん」

「どうもしませんよ。秀君が明君一筋で、祥子のことをビジネスパートナーとしか思っていないなんて、見ていればわかりますよ」

「いやいや、仕事相手に尊敬の念を抱くなんてことはよくある話で、尊敬が恋愛感情に変わるなんてことも、これまたよくある話じゃあないか」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、秀君。あたしの恋人は、何があろうと澄一人ですけど、明君のことは、ともに職務を遂行する相手として、敬意を抱いています。あの場面でチンピラをあっさり叩きのめしちゃう姿は、そりゃあ男の子としては最高かもしれません。そして、その敬意が、恋愛感情に変わったら、どうするんですか」

「すまない、言いすぎたよ、祥子さん。だけどさ、この僕のピンチに颯爽さっそうと現れて、悪漢を懲らしめる僕の明は、そりゃあ格好良かっただろう。正直言って、この僕はそのままベッドまで連れて行ってもらいたかったよ。僕を介抱してくれた、祥子さんの恋人である澄には申し訳ないけれども」

「何を言っているのよ、秀君。自分の恋人を、涙ぐみながら看病する澄こそ最高よ。あれこそ、女の子の中の女の子よ。秀君なんか、どこかにうっちゃって、あたしが入れ替わるべきあったんだから。秀君の危機に、待ってましたとばかりに登場した明にはすまないけども」

「いいや、明こそが男の中の男だ。明が最高の彼氏なんだ」

「違います。澄がナンバーワンです。澄が最高の彼女さんです」

「何を!」

「何よ!」


秀と祥子の、のろけ合いとも、ののしり合いともとれない言い争いは、その後も続いていくのでした。

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