第6話 明と澄

秀が澄をかばって、ひどくやられたその日の夜。ある街のドラッグストアにて。明が、顔についている絆創膏ばんそうこうをいじりながら、何か探し物をしています。


「えっと、絆創膏、絆創膏っと。結構色々あるなあ。やっぱり、これと似たようなメルヘンチックなやつじゃないと、まずいだろうしなあ。買いづらいよなあ」


その近くで、澄もまた、商品を見て回っています。


「それにしても、殴られた場合には、どんなことをすればいいのかしら。湿布をつけて、その匂いをぷんぷんさせるのも問題よね。あれだけイメージイメージって、二人して言ってたんだから。ああいう二枚目さんが包帯してるっていうのは、世間的にどうなのかしら。全くもう、どうしてあんな奴のために、こんなに悩まなきゃあならないのよ」


どんっ!


お互いに品定めに夢中になっていた明と澄が、ぶつかり合ってしまいます。


「あっ、どうもすいません。って、澄さんじゃあないか」

「そういうあなたは、明君じゃない。あらどうしたの、随分と可愛らしいの、その可愛らしいお顔につけているじゃない」

「い、いや、これはその……とりあえず店を出よう。澄さんには、話したいことがある」

「あら、奇遇ね。わたしも、明君には色々言いたいことがあるの」


そう言って、二人は、店を出て行きます。そして、静かな場所で、二人が話し込みます。


「その、澄さん。あの後、秀に電話で聞いたよ。『大事はない。澄が介抱してくれた。心配しないでくれ』って。まあ、秀を面倒みてくれてありがとう」

「へえ、わたしも、祥子に電話したわ。『たいしたことないから、秀が身を呈してくれたおかげで。あまり気にしないでねって」

「ああ、そうだったんだ。ま、とりあえず、礼は言ったからな」

「どういたしまして。でも、あれでよかったの? 秀は明君の恋人じゃない。あそこは、明君が秀に寄り添うべきじゃあなかったんじゃあない」

「そりゃあ、俺もできればそうしたかったさ。事実、そうしそうになった。だけど、あんたの彼女さんである、千紗川祥子がそうさせなかったんだ。どうも、秀があんたをかばう姿にほだされたみたいだったぜ。秀があれだけ男を見せたんだから、最後まで格好つけさせてあげなさい、みたいな。あの場面は、理想的な恋人二人だけでおしまいにするべき、なんて感じで。あんたの恋人は、なかなか物の道理がわかっているよ。自分だって、自分の恋人である草深澄、あんたに駆け寄りたかっただろうに」

「あら、どうも。でも、祥子に本気ななっちゃあだめだからね。祥子と明君は、あくまで恋人のふりをしているだけって、忘れないでちょうだい」

「誰が本気になるかっての。俺が愛しているのは、この世で高長秀、ただ一人だ」

「これはこれは、ごちそうさま」

「そういや、澄さん、あんたに詫びも一つ入れとこうと思ってたんだ」

「へえ、お詫びをねえ。私の恋人ってことになっている、秀を助けてくれた明君がねえ。一体何かしら」

「この絆創膏だよ。あんたの恋人の千紗川祥子がつけてくれた。自分の恋人が、他の人間、それも男にこんなものつけちゃったんだぜ。嫉妬しっと心の一つや二つ起こして当然なんじゃあないのか」

「やっぱり、祥子がつけてあげたのね、その絆創膏。いかにも、祥子みたいな女の子が、自分の彼氏につけてやりそうなデザインだものね。あの子なら、そんな絆創膏くらい持っていても、なんの不思議もないもの」

「あんたも、自分の彼女は、世間的にそんなイメージを持たれていて、そのイメージに沿うように行動しているって思っているんだな」

「それは、深い付き合いだからね。だから、全く嫉妬なんかしていないと言えば、嘘になるけども、私たち四人の契約からすれば、十分許容範囲内よ。それにしても、明君。その絆創膏、いつまでつけているの。取っちゃうなり、付け替えるなりはしないの」

「そりゃあ、仮にも、自分の恋人ってことになってる祥子がつけてくれた絆創膏だ。おいそれとはがせやしないよ」

「へえ、それこそ妬けちゃうわね。で、私の祥子と、そんなディープな仲である明君は、薬屋さんで何をしていたのかしら」

「ああ、物をもらったら礼をしないとな。祥子に似たような絆創膏、買って返そうと思ってな」

「ああ、だめよ。そんなことは、はっきり言って下の下もいいところよ。明君と祥子は恋人同士なのよ。絆創膏をつけるくらいでお礼だのなんだのというのは、少し大げさすぎるし、お礼をするというのなら、ただ同じものを買って返すなんて、あまりにも芸がなさすぎるわ。もう少し、こう、ロマンというか、ムードというか、そう言ったものを考慮してね……」

「だからだよ、澄さん」

「えっ、だからって、どういうことなの」

「俺と祥子は、ただ二人で恋人関係を偽装しあっているだけなんだ。だからこそ、貸し借りなしのきちっとした関係でいたいし、余計なロマンやらムードやらを考える必要もない。同じものを返すくらいでちょうどいいんだ」

「なるほどねえ。わたしの祥子がしたことで、ずいぶん頭を悩ませちゃったみたいね」

「別に、祥子の責任じゃあないよ。悪いのは全部あのチンピラさ」

「そうね、刃物まで取り出しちゃって。明君の彼氏の秀がいなかったらどうなっていたことか。あの後、なんだかんだごちゃごちゃ言っていたけど、秀のおかげで助かったのは事実よ。明君、あなた、なかなかどうして、男を見る目があるじゃない」

「おっと、秀に本気にならないでよ。あんたと秀は、あくまで偽装のカップルなんだから」

「な・り・ま・せ・ん。草深澄の恋人は、千紗川祥子しかいないのですよ、明君」


明と澄は、お互いに牽制けんせいし合いますが、そんな必要は、これっぽっちもないみたいです。



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