第4話 秀と澄 其の2

 町のチンピラに、散々殴られた秀へ向かって、澄が話しかけます。


「なんで、わたしをかばったのよ、秀」

「僕は別に、君なんかをかばったわけではない、澄。勘違いしないでくれ」

「どういうことよ、ちゃんと説明してちょうだい」

「澄、君はこの僕の恋人ということに世間的にはなっている。本来ならば、僕は君みたいな女のために、こんな痛い思いをするのは、嫌で嫌で仕方がない。しかし、あの状況で、この僕が君を見捨てて逃げたら、高長秀のイメージはどうなってしまうというんだ。自分の恋人を見捨てて、一人逃げ出した卑怯者となる。そんなことは、この僕には、とてもじゃあないが耐えられない。というわけで、僕が守ったのは、澄、君じゃあない。この僕だ。だから、君が責任を感じることはない」

「そう。それじゃあ、どうもありがとう」

「おい、澄。君は人の話を聞いていたのか。僕は、君に責任を感じる必要はないと言ったんだぞ。それなのに、なんで、それじゃあありがとうなんだ。話のつじつまが、全くあってはいないぞ」

「あんたの行動の理由なんて、このわたしの知ったことじゃあないわよ、秀。わたしが問題にしているのは、あんたが実際にやった行動と、それがもたらした結果よ。秀、あんたはこのわたしを、身を呈して守ってくれた。その結果、わたしは事なきを得た。その事実に、わたしは礼を言っているの」

「よしてくれ、気味が悪い。澄、君はいつもこの僕のことを、やれ自意識過剰のナルシスト野郎だの、それ二枚目気取りの唐変木とうへんぼくだの言っているじゃあないか。今回の僕のしたことは、その過剰な、二枚目気取りの自意識が生み出したものなんだぞ。周囲の人物に、高長秀がどう思われるかを考慮した結果の行動だ。そんな、君が嫌っている時代遅れの、男はか弱い女性を守るべきという、固定観念が凝り固まったような、僕の男たるものかくあるべしという行動理念からなされる、僕の周りへのカモフラージュのための行動に、礼なんて言わないでくれ」

「なによ、人がせっかく、ありがとうって言っているのに、そんな長々と不平を言ってくれちゃって。わかったわよ。もうお礼なんて言わないわ。じゃあ、ちょっと、そのけちょんけちょんにやられた無様な体を見せなさいな」

「おい、澄。一体、何をしようとするんだ。僕のこの体は、明のためだけに存在するんだ。君みたいな女性にはもちろんのこと、明以外の男に立って触れては欲しくないんだ」

「黙りなさい、秀。お礼を言うなとあんたが命令するから、わたしは、おおせのままに口を閉じて、あんたを手当てするのよ」

「辞めてくれってば、澄。確かに僕は礼を言う必要はないと言った。そして、礼をする必要も君にはないんだ」

「だから、静かにしていなさいってば、秀。あんたに守り通さなければいけない世間的なイメージがあって、それを尊重するようわたしに命じるんだったら、わたしの守るべき世間的イメージを、あなたもきっちり守るよう努力しなさい。いいこと、わたしはね、彼氏にその身を犠牲にして助けてもらった彼女なのよ。そんな女がね、目の前でズタボロになっている自分の彼氏を、冷ややかな目でじっと見つめてみなさい。草深澄って、なんと言う冷血女なのということになるじゃない。いいこと、秀。私達二人はね、理想のカップルでいなくちゃあならないの。それは、明君と祥子も含めた四人で決めたでしょう」

「ああ、そうだったな、澄」

「それじゃあ、大人しく、献身的な恋人に手当をされる、体を張って恋人を助けたかっこいい男の子を演じていなさい。『馬鹿っ! なんでこんなことしたのよ、秀』『泣くなよ、澄。せっかく僕が命がけで守った君が、涙で顔をくしゃくしゃにすところなんか見たくないよ』、みたいな感じで。もう、わたしだって、あんたみたいな男は当然として、祥子以外の女の子には触りたくもなんともないんだから。わたしの全ては、祥子のためにあるんだから」

「わかったよ、澄。それじゃあ、思う存分、君が世間の目があるところでは、かくあろうと考える草深澄を演じてくれ。僕も、僕自身そうあるべきとする高長秀を演じるから」


はたから見れば、それはそれは理想的である彼氏と彼女な、秀と澄の二人なのです。

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