19 永遠が欲しいという気持ち

 授業が終わり、彼女とも一旦別れ、私は久しぶりに家に帰ってきた。二日ぶりだからそんなに久しぶりでもないはずだけど、体感ではやはり久しぶりのような気がする。

 私の家は常に暗かった。玄関には開きっぱなしのスーツケースと通販の箱の山。買った時の紙袋に入ったまま一年以上放置されている洋服類。ダイニングのテーブルの上には未開封の手紙や新聞紙。流しには何か月も洗われていないお皿が乾燥して汚れを自身の一部としてしまっている。

 ソファーの上は脱ぎ散らかされたままの衣類。エナジードリンクや缶ビールの空き缶。レンジでチンするご飯の空容器。ピザの箱。何年も前に本棚の限界を超えた本たちが、床に積み上げられて隙あらばと領土拡大と世界征服を狙っている。

 私はダイニングの紙束の一番上に放置された七千円を財布にしまった。来週分の私の食費だ。

ということは最近どちらかが帰ってきたのだろうか。『帰ってきた』は変だな。あの人たちにしてみればこの家はただ『寄った』だけ。きっと自分たちの家で邪魔になったものを物置かゴミ箱代わりにうちに投げ捨てていったのだろう。私が家にいないことに気が付いたかな。いや、多分家にいるかどうかなんて確認もしなかったに違いない。あの人たちは、そういう人たちだ。

 自分の部屋にこもって、昔集めたジュースのプルタブを眺めた。隣にはポカリスエットの空き缶。渋谷で彼女とホテルに入る前に飲んだやつだ。それと壁にかかっているのは彼女が東京で着ていた洋服。着替えるたびに捨てていくと言うものだから全部私が貰ってしまった。おかげでそれまで無の価値しかなかった壁が、今では有意義で楽しいものとなっている。

 あとは旅行の最後に貰ったフクロウのキーホルダー。学校のカバンに付けようかとも思ったけど、失くしたらダメージが大きいから家の中で愛でることにした。私の楽しいものたち。天井を見ながら考える。一日六百円貯まる計算として、夏休みが始まるころにはまたどこかへ旅行に行けるだろうか。

 あ、でも図書館でゲットした札束が何万円か残っていたはずだ。辞書の間から取り出すと、諭吉の枚数は四枚。彼女と正確に半額ずつ分け合った取り分だった。四万円と、食費貯金が三万五千円くらい?

 七万五千円あればどこに行けるかな。もしかして安い飛行機を使ったら海外に行けちゃう? ハワイで拳銃を撃ちまくるというのはどうだろう。でもああいうのって十八歳以上なのかな。じゃあ近場で台湾とか中国とか韓国とか? ここら辺の国はカジノがありそうな気がする。一攫千金してそのままどこかに高跳びするのとかはどうだろう。私たちの言葉が一文字も通じない世界。ミャンマー語とかアラビア語とか、もう見ただけで頭が理解を拒むようなニョロっとした文字の国に移住して、私たちの言葉を誰にも理解されず、誰のことも理解せず、私は彼女の言っている言葉だけが理解できる国。逆もまた然り。

 それは私と彼女だけしか存在しない世界に限りなく近くて、永遠のものだ。

 ……でもトイレはウォッシュレットが付いてる国が良いな。今度学校のパソコンで調べてみよう。

 最近の家での私はこんな感じで、いつも此処ではない何処かのことばかりを考えている。あるいは、今ではない未来? 未来があるということは、時間の軸が存在するということだから、これは永遠とは反対の概念であるはずだ。私が本当に欲しいのは永遠。だけど、考えるのは未来のこと。未来は永遠? いつまで経ってもやってこない『今』は永遠? 非実在性の時間。私はこの妄想が実現するはずがないと信じているから、それを永遠だと思うのだろうか。永遠とはサンタクロースのようなもの? サンタクロースは嘘だけど、ソリとトナカイは実在する概念だ。それとも未来で時間が止まって永遠になってほしいと思っているとか? いやでもそれは「今」の永遠性が永遠ではないと言ってしまっているようなものだ。私は今の私たちを永遠ではないと思っている? もうよく分からない。ただ一つ、絶対的に正しい私の気持ちとしては、永遠が欲しいということ。彼女と永遠になりたいということ。望むことと、そうであることが反するわけではない。きっと私たちは永遠の中にいて、私たちの「永遠が欲しいという気持ち」こそが永遠なのだ。


 普段使わない頭を使ったから、疲れてしまった。ぼーっとして酸素が不足して、正座の後みたいに手足が痺れる感覚。たまにくるこの感覚が私は好きだった。全身が鉛になってベッドから無限に沈んでいきそうな感覚。昔のSF映画に男の人が炭素冷凍されて銅像みたいになって出てくるシーンがある。私の理想はあれかもしれない。物言わぬオブジェになること。それってきっと永遠だ。

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