8 超然としていて、謎が多くて、雰囲気だけで


 冬休みが終わった。

 私は始業式の日からきちんと学校に行った。

 約束通り、踊り場には近寄らなかった。

 日課のない昼休みはひどく退屈かと思われたが、どちらかというと無に近かったので、意外と退屈さは感じなかった。私は無のイヤホンを耳に刺して、教室の隅でぽそぽそとコッペパンを齧りながら過ごした。サンドイッチじゃないのは、ゴールデンウィークに彼女と東京に行く約束をしたからだった。私は一日に千円の食費を貰えるから、昼を百円、夜を三百円の弁当で済ませれば、五月までに七万円近く貯めることが出来る計算だ。コーヒー牛乳もやめて、空のペットボトルにウォータークーラーの水を入れて過ごした。


 春休みが終わって、三年生になった。

 もしかしたら彼女とクラスが一緒になるかもしれないとドキドキしたが、そんなことはなかった。でも実際同じクラスになってしまったらどんな顔をして会えばいいか分からないから、半分助かったという気持ちもあった。三年のクラス分けは文理別で、私は理系を選んだ。別にどっちでも良かったのだけど、例年理系の方が圧倒的に人数が多いらしいから、単に多い方を選んだだけだ。分母が多い方が個を埋没させられそうな気がしたのだ。出来るだけ学年の誰にも私を認知されず、誰とも触れ合わずに静かに高校生活を終えたかった。

 彼女は文理どっちにしたのだろうかと一瞬気になったけど、たぶんこういう話は彼女とはしないから、私は一生知らないままだろうと思い直した。文系とか理系とか名前とか、そういう世間が決めた枠組みに彼女を収めてしまうのは、彼女の清潔さを台無しにしてしまうような気がする。彼女にはもっとふわっとしていて、超然としていて、謎が多くて、雰囲気だけで、つかみどころがない存在でいて欲しかった。私は彼女にサンタクロースでいて欲しいのかもしれない。四月のサンタクロースは何をして過ごしているのだろうか。

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