第29話
カリフォルニアに身を隠していた美樹がニューヨークに舞い戻って来た。ビジネスがうまく立ち行かないので戻りたいという連絡を、俺はずっとはねつけていたのだが、いつまでもカリフォルニアに閉じ込めておくわけにもいかず、その意志に任せることにしたのだった。直木にだけは気をつけるように注意しただけで、マンハッタンで美樹の自由にさせていた。それがとんでもないことを引き起こすことになる。
ある夜、美樹は客と待ち合わせのため、クラブ築地に居た。客がいつまでも現れなかったので、しびれを切らせて店を出たところで車に連れ込まれ拉致(らち)されてしまった。あとでわかったことだが、それは直木の仕業だった。俺を呼び寄せるため、チンピラに金をばらまいて美樹を拉致させたのだ。俺は直木に呼び出され、真夜中に指定された空き地に足を運ぶことになった。
少し離れたところを流れているイースト・リバー沿いの照明が、微かに空き地に差し込んでいた。雑草が剃り残した髭のように地面にこびり付いている空き地の暗闇に目が慣れて来ると、直木が美樹の顔に銃身を付きつけて立っているのが見えた。
「久しぶりだな、五木田」
直木は獲物を前にした猛獣のような表情で俺を見据えていた。美樹は後ろから羽交い絞めにされたまま、頬っぺたに冷たい銃身を押し付けられて、苦しそうに息をしていた。
「美樹を放せ! 男らしく勝負しろ!」
「それもいいかもな」
直木はあっさりと美樹を解放し、俺に銃口を向けた。美樹は急いで俺の背後に身を隠した。俺は後ろポケットからこっそりと美樹に銃を手渡した。
「さあ、決闘だ。背中を合わせてから、それぞれ反対方向に十歩歩く。そして撃つ!」
直木は自信がありそうだった。自信満々の様子が気にかかった。素人が連戦練磨の俺と決闘するなんて自殺行為だ。これは何かある。
背中を合わせ、歩き始めた。
「ワン。ツー。スリー・・・・・・」
俺はカラクリを暴こうと集中した。
「シックス。セブン・・・・・・」
誰かもう一人、俺を狙っている奴がいる。闇を突き抜けて、恐ろしい殺気を感じる。複眼を闇に走らせる。風もないのに、左斜め後方の樹の枝が、かすかに揺れているのが複眼のアンテナに引っかかった。複眼が感知する「物体」が樹の上からじっと身構えている。
スナイパーだ。
「ナイン。テン!」
BANG!
俺は振り返りざま、複眼力を最高度に研ぎ澄ませて「物体」を正確に捉え、一発目を撃ち込んだ。人間の悲鳴が聞こえ、樹の上から激しい音を立てて落下した。
BANG!
間を置かずに決闘相手の直木に向けて撃った俺の第二弾は胸に当たり、直木が吹っ飛んだ。俺は直木に駆け寄り、銃を遠くに蹴って、樹の下でうつ伏せに倒れている男に触れた。死んでいる。体をひっくり返して驚いた。
「高村!」
裏稼業は雇われスナイパーの高村だった。直木みたいな奴に金を積まれて、俺を狙うなんてな。俺は間違いなく恐ろしい殺気を感じていた。お前の腕も調査済みだ。お前がはずすはずはない。ひょっとしてターゲットが俺だったからなのか。酔って眠り込んだ高村をタクシーで送った時のように死に顔は穏やかだった。美樹も駆け寄り、高村の遺体を覗き込んでいた。
BANG!
突然銃声がして俺は尻に強烈な痛みを感じ、ぶっ倒れた。直木が瀕死の状態で、蹴られた銃を拾い上げ撃ったのだ。
BANG!
すかさず美樹が撃った弾で、直木は絶命した。
「五木田さん、しっかりして!」
俺を抱きかかえて、美樹が叫んでいた。その声もぼんやりとして、俺は気を失った。
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