第27話

 新しい帝国が熱帯雨林の地下深くで動き始めていた。ゴーキー大帝はワクチンの世界配送システムが異常なく機能していることを確認させ、ワクチン製造を急ぐように担当セクションを激励した。

大帝はさらに万一に備え、新たに五か所の予備帝国建設地を決定し、建設に着手するよう命じた。三億年の歴史を刻んで来たゴキブリの生存を維持・発展させるための中核となる帝国の維持が、大帝としての最大の責務である。

 帝国からはるか離れたニューヨークでは、FBIなど捜査当局による現場検証が続いていた。六階から十階部分が吹っ飛んだビルの倒壊を防ぐため、周りに巨大な支柱が幾重にも設けられていた。

 

それから一週間。捜査当局の発表では、まだ事態の真相について何の手がかりも得られていなかった。

M社は最新型殺虫剤・ミサイルXXX製造のため、大規模な応援部隊をアメリカに派遣した。共同開発したG社の協力も得て、マンハッタンのお隣ブルックリンの工場で新製品を生産ラインに乗せた。社の命運を賭けた取り組みである。

帝国では夜を徹してワクチン製造が行われていた。帝国開発室には製造の専門家チームが陣取り、あと一歩の完成に全力を傾けていた。


さらに一週間が経ち、M社はミサイルXXXの販売開始にこぎつけた。爆破テロの標的になったことで、アメリカでの製品販売のイメージは大幅にダウンしていた。販売は日本国内とヨーロッパおよびアジアでの販売が強化されることになった。M社の本社は、首脳部だけがミサイルXXXの極秘資料が盗まれたことを知っていた。 

首脳部は三たび新製品が販売中止に追い込まれることを恐れ、速やかに販売を開始するように営業部にハッパをかけた。

俺はM社の動きをボッカから取材し、帝国開発室に情報を流し続けていた。しばらくして、待望のワクチンが完成したという知らせが届いた。

「よくやった。大急ぎで配送システムに乗っけてくれ」

 世界にワクチンが配送され、ゴキブリの体内に装備されるまで果たしてどのくらいかかるのか。ミサイルXXXはすでに各国の販売ルートに乗り、着々と小売店などへ配送されていた。テレビや新聞、さらにインターネットでは連日『強力殺虫剤ミサイルXXX』のコマーシャルが流れ、売り上げが伸びていった。世界各地から帝国への情報では、速いペースでワクチン装備が進んでいた。

「これで安心だわ。人間どものテレビを見たら、恐ろしいミサイルXXXのコマーシャルが流れていたから心配してたの。帝国万歳!」

「子どもにも装備させた。家族皆これで安心だ」

 ゴキブリたちがささやき合っていた。

 世界のゴキブリのほぼ大部分にワクチン装備が完了した頃、人間界では三たび同じ騒動が起こり始めた。

「こんな製品だめだ! よく効くと言うから信用して買ったのに、ゴキブリの駆除なんか出来ないぞ! かえってゴキブリが増えたような気がする」

 事実そうだった。帝国の指示で、ふだん草むらに生息しているゴキブリたちが、わざわざ人間の目につくように、ハエたたきに注意しながら続々と家の中に入って来ていたのだった。それは各国とも同じ事情だった。M社のお客様相談室には連日のように苦情が殺到した。政府の消費者担当セクションはM社に対し、実情の把握に努めるよう指示するとともに、騒動が収まるまで製品の販売を自粛するよう異例の要請を行った。

その後も、ミサイルXXXに対するクレームは収まらず、M社は命運を賭けた製品の販売中止に追い込まれた。三たびの主力新製品の頓挫で、M社の企業イメージは完全に地に落ち、他の製品の売り上げも大幅な下降線をたどっていた。新製品に対する膨大な開発費を回収できないままの販売中止。うなぎ上りになっていた高額のKコンサルティングに対する支払い。信用失墜による主要銀行団の融資引き揚げなどが重なり合い、経営を圧迫されたM社はついに倒産に追い込まれてしまった。

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