第26話

 M社内に設けられたKコンサルティング臨時司令室にあるディレクターズ・チェアに藤村が座っていた。その後ろにはアシスタント・スタッフが数人座って藤村の指示を待っていた。モニターを通じて爆撃飛行ロボットが整列しているのが見える。探査ロボットが送り込んで来るデータを分析したチャートが別のモニターに映し出されていた。はっきりと大きな丸い巣が見える。帝国が丸裸にされている姿である。藤村は隅々までもう一度モニターを確認し、薄ら笑いを浮かべていた。ゴキブリ野郎、お前らは風前の灯だ!

「よし、飛行準備態勢に入るぞ。カウントダウン開始!」

藤村がアシスタントに指示した。しばらくしてカウントダウン・モニターがちょうど飛行開始一分前を表示した。緊張が司令室を包んだ。M社の広報部長兼支社長代理・西条らもオブザーバーとしてモニターを見つめていた。

「ファイブ! フォア! スリー! ツー! ワン! ゼロ! 発射!」

 モニター画面はごう音を発して爆撃ロボットが塊になって飛び立つのを映し出していた。


BRRRRRRRRRRR! キイーーーン!


 司令室にどよめきが起こった。皆がモニターに釘つけになったが、爆撃ロボットはあっと言う間に飛び去って行った。それからどのくらい経っただろうか。ターゲットの帝国を捉える現地からのモニターは、熱帯雨林から大量の黒煙が上がっている模様を映し出していた。直前には耳をつんざくような爆撃音が連続していた。司令室は万歳の声で大騒ぎになった。

「やりましたね、藤村さん。これで弊社も安泰です。お疲れ様でした」

 西条が藤村に握手を求めたが、藤村はモニター画面から目を離そうとしなかった。画面は続々と入れ替わり、熱帯雨林の根元部を映し出していた時だった。モニター画面を細部まで検証していた藤村が首を傾げた。

「おかしい。くたばったゴキブリの燃えカスの山が少しくらい見えてもよさそうなもんだが・・・・・・」

西条らは司令室にシャンペンを持ち込んでいた。早速栓を抜き、M社のオブザーバー全員がグラスを手に持ち、乾杯の準備をしていた。

「ゴキブリ野郎は一匹残らず丸焦げになった証拠でしょう。さあ、藤村さん。乾杯しましょうよ」

 西条がシャンペン・グラスを藤村に手渡そうとした。

「おい、発射前の熱帯雨林を上から撮った録画を急いで見せてくれ!」

 アシスタントが録画モニター画面を戻した。藤村は画面を拡大し、細部を穴が開くほど見つめた。

「やはり、そうか」

 力が抜けたような藤村の声がした。

「どうかしたんですか、藤村さん」

 西条がモニターをのぞき込んだ。

「気付かなかったが、ここにうねるように黒い蛇のようなものが映っていますね。奴らの脱出の姿です」

「奴らって、ゴキブリ野郎のことでしょうか?」

「ええ、残念だが、ターゲットの巣の方に気が取られてしまい、見抜けなかった」

「と、いうことは、ゴキブリどもは逃亡したと・・・・・・」

「大巣窟は完全に破壊したし、あとで分析すれば、ワクチンの配送システムも破壊したかもしれないから、たとえゴキブリが死んでなくても全く問題はないんだが・・・・・・」

 藤村は配送システムの中枢機能が帝国もろとも吹っ飛んだことを確認できなかったのを悔やんでいるようだった。


 俺は同胞の脱出が完了していた旧帝国本部が人間どもの爆撃で粉砕されたことを確認した。今度はわれわれの出番だ。特殊戦略部隊長に連絡を入れた。

「ブリ蔵です。打ち合わせ通り、M社をピンポイント爆撃して下さい。敵は帝国を破壊したと大騒ぎで、気がゆるんでいます。今がチャンスです!」

「了解した。すぐに行動する」

 部隊長は全隊員に配備に着くよう命令を下した。カウントダウンが始まった。攻撃ミサイルが、ビルのテナントとして入るM社の六階から十階部分だけのピンポイント爆撃態勢に入った。

「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」ミサイルがM社めがけて次々に発射された。


GRRRRRRRRRRR! BANG!


大音響とともにビルはM社部分だけが爆発し、縮み込んだ。M社祝宴の席は一瞬にして屍(しかばね)の累積する地獄と化した。M社のニューヨーク支社は崩壊した。

9・11ほどの規模ではなかったが、世界の商都マンハッタンの中心にあるビルがミサイル攻撃で爆破され、死者が多数出たとみられることから、アメリカ政府はテロ対策関連のセクションを総動員し、非常事態を宣言した。

現場周辺は地元ニューヨーク市警のパトカーが取り巻き、FBIからも多数の要員が出て、捜査に当たることになった。念のため、アメリカ全土がテロ対策の緊急対象エリアとなり、ホワイトハウスとニューヨークにそれぞれ総合対策本部と現地対策本部が置かれた。

事件のニュースは世界を飛び回り、東京にあるM社本社では緊急対策本部が置かれ、現地に処理班が派遣されることになった。

アメリカ政府は、テロの標的が日本の民間企業であることに、こっそり胸を撫で下ろし、日本政府に対して丁重なお悔やみを述べた。

アメリカの捜査本部はペンタゴンからの情報で、M社爆破の直前に太平洋の熱帯雨林地域で爆撃のような衝撃があり、近くの米軍基地から戦闘機が急発進して警戒に当たり、火災が発生してかなりの地域が炎上した事実をつかんでいた。しかし、マンハッタンでの爆破事件との関連を云々するには、全く距離が離れていることや爆撃を受けたターゲットが余りにも異なっていることなどから、同時テロとは考えにくいという結論を導き出していた。


 事件の翌朝、セントラル・パークの芝生に寝転んで、ニューヨーク・タイムズを広げている男がいた。直木だった。目はヘッドラインに注がれている。


マンハッタンでビル爆破 日本企業M社がターゲット 社員ら39名全員死亡 企業標的のテロか 


 直木は五木田を思い浮かべていた。あいつの犯行に違いない。あいつは生きていやがったんだ! 殺害されていた探偵事務所の連中もあいつに消されたんだ! あいつが病気で死んだというやつらの報告は真っ赤な嘘だった。きっとあいつに買収されたんだ。あの娼婦もきっと生きている。俺はだまされんぞ。二人とも絶対息の根を止めてやる。直木は新聞を芝生に向かって投げつけた。

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