第25話
探査ロボットが熱帯地域から伝送して来るデータを分析していた
Kコンサルティングの藤村にも高木が殺害されたという知らせが入
っていたが、藤村は静かに刻々と入るデータ分析に余念がなかった。
高木さんとはビジネスで付き合って来た。人間いつかは死ぬ。組
織は人間を入れ替えさえすればよい。
M社がニューヨーク支社を閉鎖しない限り、高木さんに代わって
誰かが支社を引き継ぐ。それだけの話さ。
藤村はあるデータに眼を止めた。太平洋上空を飛んでいる探査ロ
ボット群が送って来たデータで、並んでいる数字のマイナスは、探
査ロボットが地中に向けて発射したビームが地下にある何かにぶつ
かって反射しているのがわかる。数字を解析し、グラフを作成した
ら、きれいなドーム状になっている。
データ分析から、以前太平洋で発見されたゴキブリの大きな巣を
多少上回る規模の巣であるのは間違いない。しかも、またシェルター
状のもので覆われている。
ワクチンの配送システムなど重要な機能を持つ特別な巣に違いな
い。
正確な位置を調べてみたら明らかに場所が違う。
何故今まで発見できなかったのか。
ひょっとしたら前の巣から逃亡したゴキブリどもが新しく造った
巨大な巣かも知れない。探査ロボットにはその後ゴキブリ集団の脂
肪体に鋭く反応する機能を強化しているから、新しく網に引っ掛かっ
たのだろう。ターゲットはこれだ!
藤村はすぐにM社に連絡を入れ、緊急に打ち合わせをしたい旨を
告げた。
M社では亡くなった高木に代わる支社長代理に、とりあえず広報
部長の西条が就任していた。
藤村はデータを見る限り、特別なゴキブリの大巣窟と思われるこ
と。恐らくワクチン配送システムの幹線あるいは心臓部分がある可
能性が高いと判断していることを西条に伝えた。
「高木支社長がお亡くなりになったばかりだし、広報は今殺人事件の話で持ちきりなんですよ」
西条は厄介な問題を持ち込まれたという表情をあからさまに見せた。
「社の将来のことと、亡くなった高木さんのことと、どちらが大切
なんですか!」
藤村が声を荒げた。
「ゴキブリの大巣窟のど真ん中を今叩かなければ、M社はもう終わりです!」
たたみかけるような藤村の勢いに圧倒されて、西条はたじろいだ。
「じゃあ、どうすればいいのですか」
「なりたての支社長代理で荷が重いことは承知しております。わた
しが欲しいのはたった今申し上げたことを踏まえて、作業に入る御
社の許可です。おわかりとは思いますが、特殊作業には契約上の多
額の支払いが生じますので」
「とにかく本社に連絡して許可を取ります。しばらく日にちをいた
だけますか」
「わかりました。弊社は準備作業を進めておきます」
藤村はそれだけ言うと、引き揚げて行った。
俺も高木が殺されたという事件には驚いていた。高木を殺したのは、直木ではなかろうか。極秘書類を奪われたことで、詰め腹を切らされたことに対する復讐なのかも知れない。俺のせいで離婚に追い込まれ、職場まで失ったと思い込んでいる直木は自暴自棄になり、まず上司の高木を殺した。今度は矛先を俺に向けるぞという予告のつもりかもしれない。
それにしても、帝国のワクチン製造が今回は遅々として進んでい
ないのは問題だ。このまま時が過ぎれば、世界中の同胞がミサイル
XXXの餌食になってしまう。
俺は帝国開発室を呼び出した。
「どうだ。作業の方は?」
「今回は情報量が桁違いに多い。それに二度も情報を奪われているの
で、敵さんの情報に対するガードが非常に固い。
ブラインド・マスクは破るメドがついたが、難関はまだまだありそう
な気配だ。期限はいつだっけ?」
「あと、ざっとひと月ぐらいだ」
「ギリギリかもな」
「ひとつ頑張ってくれ。帝国の存亡にかかわることだから」
「了解。出来るだけ早くワクチンを作ってみたい」
Kコンサルティングの研究室でこの会話がうっすらとではあるが、偶々藤村の耳に入った。帝国、すなわちゴキブリの大巣窟というターゲットの存在を確信した藤村は、あらゆる手段を駆使して確認作業に入っていた。そのうち探査ロボットの音声モニターから、かすかな会話が漏れて来たのである。
藤村が音声分析をした結果、人間の言語ではないが、明らかに言語の定義に分類されるコトバであることがわかった。意味はさっぱりわからないが、恐らくは「ゴキブリ語」だろう。
人間とゴキブリの最終戦争は近い。藤村は直感した。
帝国開発室から俺に緊急連絡が入ったのは、その二日後だった。
帝国斥候隊の報告では、最近未確認飛行ロボット群が盛んに帝国の上空を飛び回り、データ収集などを行っており、なかなか飛び去らないところを見ると、どうやら新しい帝国の存在を確認したらしい。ついては、ゴーキー大帝が帝国の再移転計画を早急に実行に移すことを決断された。移転計画は、帝国が攻撃を受けたり、何らかの緊急な出来事で帝国が維持出来なくなったりした場合に備えて、予備の帝国を建造し、有事に備える計画で、すでに新しい地域に予備の帝国が建設されていた。
恐らくは近々帝国に対する人間どもの総攻撃が始まるのではないか。俺とボッカに対して大帝からその動向を監視し、逐一報告するように厳命が下っていた。
開発室の分析によると、ロボット群のデータ伝送先はニューヨーク・マンハッタン島にあるM社支社であり、攻撃などの中核拠点になる模様。万一の場合に備えて、帝国特殊戦略の大部隊をマンハッタンに派遣する。この部隊は帝国が攻撃を受けた場合、直ちにM社支社の中枢に対して壊滅的な打撃を与えるに十分な装備を備えている。情報は随時流すので、注目されたし。
俺は事態が急激に進んでいることを感じ取った。マンハッタンへの攻撃で、もしも間違って流れ弾でも飛んだら危険だ。家族を疎開させなくては。すぐに良枝に連絡を取り、子どもらを連れて、これから予約するカリフォルニアのホテルに逗留する準備を始めるように告げた。
「一体何が始まるの?」
良枝の不安そうな声が感じ取れた。
「正体不明の宇宙船が来襲してニューヨークを破壊するという情報があるんだ。準備するに越したことはない。頼んだぞ」
「あなたはニューヨークに残るの?」
「取材のスタンバイが必要だからな」
「わかったわ。ホテルが決まれば、連絡ちょうだい。でも、子どもたちの学校からは、そんなこと一言も連絡して来ないわよ」
「こちとら放送屋は最新情報を握っているんだ」
俺は、すぐにボッカと緊急ミーティングをし、全てを伝えた。
「いよいよ始まるか」
ボッカはスカイスクレーパーすなわち摩天楼の間からのぞく青空を眺めていた。
家族がカリフォルニアに疎開したのは二日後だった。同じ頃、帝国では新しい帝国から脱出するゴキブリの大移動が始まっていた。
密林に深く覆われながらの大移動は、巨大な真っ黒の大蛇が大地をくねるように進んでおり、探査ロボットのカメラの映像を詳しく分析すれば映っているはずだが、M社とKコンサルティングのスタッフの注意は帝国本体の方に注がれ、大移動にとっては幸運であった。その間にも、帝国特殊戦略部隊は発見を難しくするため、少し離れた地域から攻撃用武器を積んだ大型爆撃機に乗り込んで、ニューヨーク目指して出発していた。
俺はボッカとM社の動きを監視し、少しでも動きがあれば、リポートを帝国に投げ返していた。
「Kコンサルティングの本部に、爆撃飛行ロボットが続々集結して来ている。この様子だと、集結完了と同時に、一気に帝国の直接爆撃を開始する態勢が取られる模様。事態は一刻の余裕なし」
「爆撃に備えて、帝国発の連絡システムは、今後新帝国に移動する。その間も何か緊急の連絡があれば、今まで通りに連絡して欲しい。我々は移動しながら連絡をキャッチし、応答する。了解か?」
「ブリ蔵、ボッカ、了解!」
「こちら帝国開発室。ブリ蔵、ブラインド・マスクがやっと外れた。あとはミサイルXXXの成分表データを分析し、本格的なワクチンの生産に入れる見通しがついた。全力を尽くして事に当たる!」
「ラジャー(了解)。敵は昨日あたりから、ミサイルXXXの量産体制に入った模様。敵を上回るペースでワクチン生産に当たってくれ」
「ラジャー!」
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