第24話

  辞職した直木は俺に対する復讐の炎をいっそう燃やし始めていた。

辞表をしたためて高木支社長に会った時も、「お前なんか懲戒免職

だ!」と怒鳴られて、辞表を渡すことも出来なかった。

高木も、高木だ。社の極秘資料を個人のセーフティ・ボックスに隠せなんて無茶を言うからこんなことになったんだ。俺は公私混同になるから反対したが、聞き入れてもらえなかった。その方がかえって敵を欺きやすいからと言って。

いずれにしても、俺は五木田の女にハメられて、信用と地位を完全に失ってしまった。銀行に駆けつけて、極秘資料を盗んだ容疑者らしい人物を監視モニターで再生してもらったが、帽子を目深にかぶり、サングラスをかけているので、はっきり顔がわからない。鼻の下の髭は変装だろう。だが、あの黒光りした三つ揃えのスーツは見覚えがある。確か、多国籍バーに出かけた時に、あいつが着ていたスーツによく似ている。おそらくあの人物が五木田だ。

直木の脳裏には、高木と五木田の顔が代わる代わる浮んでは消えていた。


翌日、支社長の高木が社を後にしたのは、午前二時を回っていた。

いつもなら送りのリムジンで帰宅するが、お抱えの運転手が風邪をこじらせたとの連絡が入り、M社の入るビルの周囲が工事中で車が止めにくいこともあって、高木は予約を入れたタクシー会社まで歩くことにした。

連日ミサイルXXX関係の対策会議に追われ、相当に疲労が溜まっていた。本社に対する支社の販売見通しと売り上げ予測の報告。  

コンサルティング会社と内密に進めている極秘資料盗難の件。極秘資料が盗まれてしまった現状で、それを基に敵が製造するであろうワクチンを世界へ配送するシステムを破壊することが絶対必要となる。その破壊こそがミサイルXXXの販売を成功させる鍵であり、社の命運がかかっている。これを成功させたら、本社役員の椅子が待っている。そして副社長になって、ついには社長! サラリーマン生活の頂点を極めるぞ。そう考えると、疲労感も少しはましになって来る。行きつけのバーの明かりが点(とも)っている。一杯ひっかけて帰るか。高木はタクシー会社に電話を入れ、半時間後にバーの前で待つように指示した。

店に入ると客が独り、止まり木に腰を掛けていた。ウィスキーが薄く残っているグラスが男の前にあった。BGMが店のマスターの背後から聞こえている。高木は男と離れた止まり木に腰を下ろし、スコッチを注文した。客はサングラス越しに高木に目をやったが、直ぐに料金とチップをテーブルに置いて出て行った。

マスターと話しながら、高木は心地よい酔いに包まれていた。もう一杯スコッチを飲んで席を立った。

後ろ手にドアを閉めて、外に出ると人が立っていた。先ほどバーで見かけた男だった。右手をスタジアム・ジャンパーの背中に回し、ポケットに突っ込んでいた左手を出して、ゆっくりサングラスをはずした。男の顔を見て、高木が叫んだ。

「直木! 一体何をしてるんだ、こんなところで!」

直木は右手に隠し持っていたサバイバル・ナイフを突き出して高木に体当たりした。高木は悲鳴を上げて路上に突っ伏した。心臓にナイフが突き刺さり、血が吹き出ていた。

「ざまあ見やがれ!」

 直木は高木につばを吐きかけて、立ち去って行った。

 悲鳴を聞いたバーのマスターが店の前で倒れていた高木を発見し、警察に緊急電話を入れた。ニューヨーク市警のパトカーが二台現場に到着し、現場検証を始めた。

高木が刺殺されたことは直ちにM社の幹部にも伝えられ、M社では対応に追われていた。

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