第23話

 俺が奪い取ったミサイルXXXの極秘資料を基に、帝国は新型ワクチンの開発に入ろうとしていた。事前モニターでわかったのは、極秘資料に特殊なブラインド・マスクが施され、中身を取り出すのに時間がかかりそうなことだった。

「今度は、意外な伏兵がいたな」

 ボッカが顔をしかめた。

「帝国の超技術に不可能はない。もう少し様子を見よう」

 俺は新しい支局の窓から太陽に輝く摩天楼を眺めていた。

「ブリ蔵、M社の動きを探りに行ってくるからな」

「頼むぞ」

 俺はボッカとハイタッチした。


 一週間後。M社はこれまで共同開発のパートナーだったS社とは別の中堅殺虫剤メーカーG社と手を組み、最新の強力殺虫剤・ミサイルXXXの記者発表を行った。今度こそ販売成功を勝ち取ろうと、M社は大PR作戦を展開していた。その裏でミサイルXXXの極秘資料が盗まれ、その責任をとって直木が懲戒解雇されたことは一切明らかにされなかった。

 記者発表では、新聞記者の長谷部が代表質問した。

「一連の殺虫剤のミサイル・シリーズでは、ゴキブリの体内から殺虫効果を無効にするワクチンが発見されましたね。それも世界各地のゴキブリから発見されている。これについては、まだ謎のままということになっていますが、改めて御社の見解を伺いたい」

 新広報部長の西条が顔をしかめていた。

「その件につきましては、弊社がお願いしているコンサルティング会社が引き続き調査を行っております。今これ以上は申し上げられません」

「ロングアイランドの爆発について、御社はあくまでも爆発事故とおっしゃっていますが、何者かが探査ロボットをコントロールする中核システムの破壊を実行したのじゃないかという見方が有力です。いつの間にか広報部長が交代されたようですが、現に前の広報部長・直木さんが、F放送の五木田支局長に対してうっかり爆破事件と口をすべらせたことも聞いています。広報部長の交代があったとしても、この場に当時の事情をよく知る直木さんがおられないのは解せません。これでは一種の口封じのようなもので、御社が一連の不可解な出来事を隠蔽しようとしているように思えてなりません。そのあたりどうなんですか」

長谷部の追及が続いた。西条は苦虫を噛みつぶしたような表情だった。

「この場はあくまで新製品の記者発表の場ですので、今のようなご質問にはお答えしかねます。製品についてのご質問をお受けいたします」

「新製品については細かい発表資料を既に頂いていますので、それを基にやらせてもらいますよ。ここで質したいのは過去二回にわたり、新型殺虫剤が販売中止に追い込まれた。果たして今回はどうか。三度同じ結果になるんではないかという見通しもある中で、ロングアイランドの件、何かを探査しようと世界中を飛び回っている飛行ロボット、さらにはゴキブリの大きな巣があると思われた太平洋の島とユタ州砂漠でのミサイル爆破や地下爆発など、ゴキブリの殺虫剤をめぐる一連の不可解な出来事についての真実が一向に解明されていません。御社から全く何の説明も行われていない。しかし、これは今回のミサイルXXXと密接に関連した事柄であると思われます。という意味で、わたしの一連の質問は、正にこの場にふさわしい内容です。そうは思いませんか」

長谷部の念押しに、西条は目を反らせた。

「直木さんはこれら一連の事情をよくご存じのはずです。一体直木さんはどうされたのですか。どちらのセクションに移られたのですか?」

「直木は一身上の都合で退職いたしました。直木と弊社は今や全く関係ありません」

「これは明らかに真実隠しのやり口です。これでますます一連の疑惑が深まりましたね」

「他の記者の方、何かご質問はありませんか? ないようですので、これで記者発表を終わらせていただきます」

 西条は逃げるように記者発表を終わらせた。

「ちょっと待ってください。直木さんが辞めたのはいつのことですか?」

 長谷部が尋ねた。

「昨日付けで退職です。失礼」

「昨日付けだって? 何か不都合なことがあったとしか思えないでしょう?」

 西条は長谷部の追及をかわすように、速足で会場を出て行った。


 長谷部は俺に記者発表の様子を報告してくれた。

「ミサイルXXX完成まで、あと二週間か」

果たしてワクチン開発が間に合うのか、不安がよぎった。製造段階と販売プロセスを含めると、市場に出回るまでにざっとひと月か。 

帝国開発室は成分表に仕掛けられているブラインド・マスクにてこずっている。

「やはり世界各地のゴキブリの体内から発見されたワクチンとロングアイランドの爆破はつながっているぞ。俺はこの記者会見でその思いを強くした。広報の連中もあくまで知らぬ存ぜぬで通すつもりだ。上層部からきつく口止めされているんだろう。それに直木が突然辞めたのが怪しい。あいつは一連の責任をとらされて首を切られたんだよ」

「その後何かわかったことは?」

 ブり蔵はそれとなく尋ねた。

「いや、特にはない。殺虫剤を無効にするワクチンが発見されているが、あれはどう考えても人工的なものだ。しかしゴキブリに一匹ずつワクチンを埋め込むなどということは、絶対に不可能だ。ゴキブリが我々の想像を絶する高度な技術を持っていて、新型の殺虫剤に対応するワクチンを開発し全世界のゴキブリに向けて配送するシステムのようなものを持っているという俺の考えは変わらない。M社はそのシステムを破壊するために、探査ロボットでゴキブリの生息する巣の発見に全力投球した。その基地を、恐らくはゴキブリと人間の連合体のような組織が爆破したというのが俺の考えていることだ。仮説はそうだが、ウラが取れない。記事にはならんということさ」

 長谷部はくちびるを噛んだ。

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