第21話

 直木が俺と美樹の関係を知ってしまった限り、美樹とは当面会え

なくなった。俺は支局から美樹に電話を入れた。

「しばらく暖かいカリフォルニアにでも行っていてくれないか。資金はもちろん用立てる。休業補償もね。出来るだけ早く戻れるように、俺も動くから頼むよ」

「いいわ。ちょうど気分転換を兼ねてウェスト・コーストにでも行きたいと思ってたところなの。ロサンゼルスのサンタモニカに友達がいるのよ。彼女のところにでもお世話になるわ。それにしてもあの男、相当しつこそうよ。気をつけてね」

今度はボッカに支局に来るように連絡を入れた。部屋の照明を消して待つ間、大窓からマンハッタンにそそり立つ摩天楼の光の渦を眺めた。眩い渦は周りを縁取る闇とのコントラストをくっきりと浮かび上がらせている。その闇の何処かから直木が俺を狙っている。 

果たしてどんな手で攻めて来るのだろうか。まず、俺と美樹のことを徹底的に調べるだろう。手っ取り早いのは、探偵事務所の力を借りることだ。どこに頼むかで、調査能力がかなり違うが、恐らく優秀な事務所を仕事上知っているに違いない。

支局のドアをノックし、ボッカが顔を見せた。俺は小声で、直木に美樹との関係を知られてしまったという事情とこれからの段取りを説明した。

「お前を支局長代理にして、俺はしばらく姿を消す。もちろん支局長代理はあくまでカバーだ。日常の仕事はアシスタントに割り増しを払ってひとりでやってもらうから、お前は自由に行動してくれ。アシスタントには明日伝えておく」

 そう言って、俺はボッカと別れ、支局を後にした。


数日経って、俺は尾行されているのを感じた。直木に雇われた探偵社の野郎だろう。距離を巧みにとってピタリとついて来る。俺が急に左の通りに入り、全力で走って、次の辻を右に回り込んでも、必ず見える位置まで追い上げてついて来る。車で外出しても同じだ。スピードをあげてジェームズ・ボンドのように追手を振り切ろうとしても、まくことは出来ない。しかし、こんな追いかけっこをいつまでもしているわけにはいかない。

俺は奴らを逆に利用してやることにした。帝国から預かった莫大な資金をちらつかせて探偵事務所を丸ごと買収し、オーナーになってしまうのだ。直木がいくらで事務所と契約したのか知らないが、こういう手合はそれをはるかに超える金を積まれれば、いとも簡単に寝返るのだ。彼らに依頼するのは、俺も、美樹もお陀仏になったという嘘の報告書を直木に提出させることだけである。具体的には、探偵の厳しい尾行や脅しで俺が神経衰弱に罹り、そこに脳梗塞を併発して死んだという死亡診断書をでっち上げて、直木を信用させる。美樹は契約トラブルで、俺の逆鱗に触れて放り出され、場末の売春宿に流れ着き、そこで客のアル中男に銃で射殺されたことを事細かに報告させる。これで俺も、美樹も姿を消したことになる。

か、と言って、金に寝返る奴らは、また金で寝返るのが世の常だ。

それに、オーナーになっても俺には元々探偵事務所なんて要らない。すなわちこの事務所の連中は全員用無しということだ。俺はゴーキー大帝から人間界で工作するために殺人許可証を頂いている。さて、どうやって死んでもらおうか。

俺は帝国の超技術について大帝から話を伺った時に出たピラミッドやスフインクスのことを思い出していた。ゴキブリも人間も、最も優れた技術をもらった古代エジプト時代の王の殺害方法は毒ワインである。彼等にはワインであの世に行ってもらおう。

奴らの口座に事務所の買収残金を振り込む前日、俺は事務所メンバー全員を郊外のとある場所に集めた。前もって探しておいた空き家の大邸宅で、豪華なランチに招待するという触れ込みだ。贅(ぜい)を尽くした食事がテーブルに並んだが、それに先立つ乾杯で全員あの世に送り込んだ。超技術を帝国に与えた太陽神の恵みに感謝しつつ、殺人については帝国繁栄の一助のためと許しを乞うた。 

探偵事務所に振り込まれた小額の買収手付金は、その後主なき口座に眠り続けることとなった。

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