第19話

 砂漠を走る水脈が黒々と見えていた。その源はゴキブリ帝国のツインと隣り合わせになっている水生昆虫の王国から発していた。黒く見えたのは、王国から緊急避難する無数の水生昆虫だった。付近を飛行していたM社の探知ロボットがその映像を捉え、臨時作戦本部のモニターへ伝送したが、正体が水生昆虫の群とわかると、珍しい自然現象とだけ関心を集め、M社の監視体制をすり抜けていった。隣にあるツインでも予備拠点への全員避難が始まっていた。

アメリカの砂漠からはるか彼方にあるゴキブリ帝国でも避難の列が続いていた。子供やメスを先頭に地下深くに掘られた避難用のトンネルから帝国を脱出している。

その帝国から派遣された応援部隊はすでに砂漠に到着し、砂山の一角に陣取り、高性能レーダーで凍結ミサイルを搭載した敵ロボットの発見に全力を注いでいた。


M社の臨時作戦本部はナバホ国家の首都にあるホテルの一室に設けられていた。大部屋には直木をリーダーとするM社社員十名と藤村を長とするKコンサルティングの技術者ら二十六名が作戦準備に追われていた。

「一体ミサイル・ロボットの発射はいつになるんだ?」

 直木は眉をひくひくと苛立たせながら、藤村に迫った。

「最終チェックをして、間もなく攻撃を開始します」

「事は一刻を争うぞ。もしもシステムとやらが見つからなければ、二弾、三弾と長丁場の作業が続くことになる。そちらの方の準備も怠るな」

「その辺のことはプロのスタッフにお任せください」

 藤村は直木のしつこさに辟易しているようだった。

「藤村さん、ロボット発射の準備が完了したとの連絡です」

 技術スタッフが藤村に手渡そうとしたスマホを直木が取り上げた。

「了解した。発射してくれ」

「わかりました」

 技術スタッフが連絡に走った。

「いよいよゴキブリ野郎どもの鼻をあかす時が来たぞ」

「そうですね」

 直木は藤村と顔を合わせ微笑んだ。

「配送システムとやらがあるかないかはどのくらいでわかる?」

 直木が訊ねた。

「ドームの中が凍結してから半時間以内には可能だと思います」

「システムを破壊すればどのくらいのダメージを与えるのだろう?」

「システム網が世界中で一体どのくらいあるかにもよりますが、おそらく巣の規模からして少なくても北米大陸ぐらいはカバーしているのではなかろうかと」

「それならカナダ、アメリカ、メキシコという範囲ではまた製品が売れるようになるということだな。太平洋の島の地下にあるもうひとつのデカイ巣にも間もなく凍結剤をぶち込むんだろう?」

「そちらの方も着々と準備が進んでいます」

「二つ合わせたら、また殺虫剤が世界中で山のように売れる。売り上げの大幅アップ間違いなしだ! やったな!」

直木が独りで小躍りしていた。

「今の段階では、まだあまり大きな期待は抱かれない方がいいですよ。配送システムが見つかったわけじゃありませんから」

「ああ、待ち遠しい! 藤村君、頼んだぞ!」

「直木さん、現場は我々にお任せになって、少し部屋でお休みになっては如何ですか?」

「ああ、そうさせてもらうよ。では」

 直木は大きな欠伸(あくび)を残して、本部を出て行った。藤村はようやく邪魔者が去ったという安堵感に包まれて椅子から立ち上がり、伸びをした。


 焼けつくような太陽が降り注ぐ砂漠の植物群の陰に陣取ったゴキブリ帝国側の陣地で、俺はボッカと一緒にレーダーのモニターを眺めていた。凍結ミサイル搭載の敵ロボットがレーダーに捉えられた瞬間、ピンポイントミサイルで敵ロボットを撃墜するのだ。

「レーダーは確実に標的を捉えるのだろうな?」

「間違いない。帝国開発室のお墨付きだ」

 ボッカは自信有りげに触覚を震わせた。

「M社の連中は今頃何処で何をしているのだろう?」

「奴らも必死だ。この広い砂漠の何処かで凍結ミサイルを一刻も早くぶち込もうと画策しているに違いない」

「ボッカ、水生昆虫は全員無事脱出したんだろうか?」

「ウィンドウロック王からの先ほどの連絡では、脱出が完了したとのことだった。わが同胞からは連絡があったか?」

「帝国本体とツイン両方とも全員退避した。それと指令が来ている。退避が完了したらツインを早々に爆破せよとのことだ。ボッカ、段取りは聞いているか?」

「撤退した同胞が脱出直前にツイン中枢部に強力なリモコン爆弾を仕掛けて来ている。そのリモコンがこれだ」

 ボッカはリモコンをバッグから取り出して見せた。

「なるほど。ミサイル・ロボットを片づけてからこいつのボタンを押すのだな」

 ボッカは慎重にリモコンをバッグに戻した。

「それにしてもブリ蔵、水生昆虫の王国が砂漠にあるなんて不思議な話だな。そう思わないか?」

「砂漠の地下浅いところに水脈の層があるのさ。その水脈から地表に湧き出て来る水を、キャラバン隊の人間どももオアシスとして使っている」

「なるほど、そういうことか」

その時、無線連絡があった。応援部隊からだった。

「チェックメイト・ファイブ・ゼロ! チェックメイト・ファイブ・ゼロ! こちら帝国セブン。応答願う!」

「帝国セブン、こちらファイブ・ゼロ! どうぞ!」

「凍結ミサイル搭載のロボット発見! ロボットはまっしぐらにもぬけの殻のツインに向かっている。すぐにレーダーモニターで確認されたし。我々は直ちにピンポイントミサイルによる攻撃準備に入る!」

「ラジャー!(了解)」

 帝国の特殊部隊がレーダーで追尾しているロボットに向けてピンポイントミサイルを発射する準備に入った。ロボットは速度を上げて一直線にツインに迫っていた。

 帝国側のピンポイントミサイルが発射され、凍結剤を載せた敵のロボットを追い始めた。そして、あっと言う間に敵ロボットに追いついた。

 

SHORRRRRRRRRRRRRR・・・・・・ボム!!

 

敵ロボットは大爆発を起こして粉々に飛び散った。

「一体どうしたというんだ!」

 M社の作戦本部でモニターを凝視していた直木らが叫んだ。

「爆発の直前にロボットを追尾するミサイルのような飛行物体の陰が見えました!」

「ミサイルだと? 一体何故?」

「わかりません」

 藤村は首を傾げていた。

「さっさと対処しろ!」

 直木は頭から湯気を出していた。

 次の瞬間、今度は付近の砂漠一帯が噴煙と共に盛り上がり、激しい爆発が起こった。砂漠が数キロに渡って震動を続けた。ツインが一瞬のうちに崩壊したのだった。

 M社の作戦本部も爆風で揺れていた。直木も藤村も部屋の床に伏せて、揺れが収まるのを待ち続けた。

「よし、やったぞ!」

 俺はボッカと触覚を触れ合いながら作戦の成功を祝った。

「おい、見たか。ゴキブリの巣が吹っ飛んでしまったようだぞ。我々のミサイルが撃墜された直後の話だ。一体どうしたと言うんだ?」

 直木が揺れに抵抗しようと壁を両腕で押さえたまま叫んでいた。藤村は解説をしようと顔をしかめていた。

「恐らく・・・・・・」

「恐らく? 何だ?」

 直木が藤村の顔を覗き込んだ。

「爆発の直前に見えた飛行物体はゴキブリが仕掛けたミサイルで、わが方の凍結ミサイルを爆破し、一方で発見されたため不要になった巣を爆破する作戦を同時に敢行して証拠隠滅を図ったものと考えられます。汚らわしいゴキブリの仕業とは思えない、素早いスマートな作戦です」

 藤村は驚くと同時に清々しささえ感じさせる表情を浮かべていた。

「おい、正気か。殺虫剤メーカーのコンサルタント会社の人間がゴキブリの所業を誉めてどうするんだ!」

 直木の顔が怒りで赤黒くなっていた。

「すみません。でも余りに手際がいいものですから。まるで映画の『スパイ大作戦』を地で行ったようなスッキリ感が残ります。いやあ、これは一種の芸術だ!」

 藤村は呆れかえっている直木をよそに何度も頷いていた。

「直木部長、さっきの爆発の混乱でナバホ族が騒いでいます。何か情報はないかと国家から問い合わせが来ていますが、どういたしましょうか」

 いつの間にか広報室スタッフがドアから覗いていた。

「ナバホ国家からか。よし、説明に行こう」直木が腰を上げた。

「どう説明するつもりですか?」藤村が訊ねた。

「ナバホ国家には、今回の作戦の大筋は事前に話はしてある。ゴキブリの巨大な巣を破壊するので、ナバホ族には国家を通じて避難をお願いした。彼らは移動可能なトレーラーを家にしている人も多い。それ以外の人は家を離れてもらっている。したがって爆発についてこちら側に説明責任があるんだ。地下にあるゴキブリの大きな巣をナバホ国家および住民の協力により破壊した。爆発はその破壊音だと言えば十分だろう」

「それなら、その直前のミサイルの爆発の方はどう説明するんですか?」

「最初の爆発は失敗だった。二度目で成功したとでも言っておこう」

「空中爆発と地上が大きく揺れる爆発では全然違うでしょう? そんな説明で国家評議会が納得しますかね?」

今度は藤村が呆れ顔で言った。

「国家には爆破の専門家なんていないだろう? 部族の将来を占うメディスン・マンはいるだろうがね」

 直木のいい加減な物言いに藤村は納得しない。そこはさすが理屈にうるさいシステム・エンジニアである。

「そこんところはきちんとうまく説明しないと、後々困ることになりますよ。何しろ相手は小さいながらも自国のパスポートまで発行している先住民国家なんですから」

「わかった、わかった。それなら念のため藤村君、俺と一緒に来てくれ給え。とにかく早く動こう。時間がたてば、却って怪しまれるからな」

 直木は困惑顔の藤村を強引に引っ張って、ナバホ政府の国会議事堂がある建物にランドクルーザーで向かった。

 

 何とかナバホ国家に事態を納得させたのは深夜だった。藤村と共に疲れ切っていた直木は少しでも背負っているリュックの重さを軽くしようと、国会議事堂から見えないところで、国家から賜ったナバホ創世神話を収めた装飾本を放り捨てた。

「ああ、重たい! やつらの神話なんてクソ食らえだ」と吐き捨てるように叫んだ直木の声が、近くで二人の様子を窺っていたブリ蔵とボッカの耳に入った。

 直木らが引き揚げた後で、ブリ蔵は砂にまみれていた装飾本を人間の姿になって手に取り、バッグの中にしまった。ナバホの創世神話に一体何が書かれているのかという興味があったからである。

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