第18話
ロングアイランドの中枢システムを破壊されたものの、個々の探査ロボットは熱帯や砂漠で稼動を続けていた。このうち太平洋の熱帯雨林上空とアメリカ南西部の砂漠上空で探査している飛行ロボットが、最近妙なデータを相次いでKコンサルティングに送り返して来ていた。藤村はそのデータを持ってM社に直木を訪ねた。
「これをご覧下さい」
藤村は直木の前にタブレット画面を広げた。直木は数字だらけの資料に眉をひそめた。
「一体何の資料だ。これだけではさっぱりわからんぞ」
藤村は組んでいた足を戻し、資料の説明を始めた。
「この列の数字は全てマイナスになっています」
「なるほど、そうだな。それがどうだというんだ?」
直木のしかめっ面が一層ゆがんだ。
「このデータは太平洋のある島の熱帯雨林上空とアメリカ・ユタ州にある砂漠の上空を飛んでいる二つの地域の探査ロボット群が送って来たデータをそれぞれまとめたものです。数字のマイナスは探査ロボットが地中に向けて発射したビームが地中にある何かにぶつかって反射していることを意味します。その数字で反射角や度数、反射強度等をグラフにしてみるとこんな風になります」
藤村はタブレット画面を切り替えて、直木に見せた。そこにはどちらにもきれいに放射線状になったドーム形が見て取れた。
「ひょっとしてこのドームはゴキブリの大きな巣を示しているのか?」
直木の表情が最近稀に見る明るさを見せた。同時に藤村の顔がゆるんだ。
「正確に言いますと、ゴキブリの大きな巣を取り巻き、防御している一種のシェルターのようなものにビームが反射している状態を示しているということで、そのシェルターの中に、かなり大きなゴキブリの巣がありそうです」
「ついに見つけたか!」
直木は両手を揉みながら興奮を隠さなかった。
「我々としてはこの二つの巣に破壊すべきワクチンの転送システムがあるのではないかと踏んでいます。今までに見つかった巣の中で最大級であり、シェルターに覆われた巣なんてのは、かなり特殊な拠点と考えられますので」
「それで、どうするんだ?」
直木が藤村の顔を覗き込んだ。
「二か所ともミサイル・ロボットを使い、弾頭に仕掛けた凍結剤をシェルターの内側に注入して固まらせ、中をモニターして見ようと思います。転送システムがあるかどうか確認できます。もしあれば、その場で破壊します」
「いずれにしても凍死ゴキブリの山ができるぞ!」
直木の口から泡が飛んだ。
直木と藤村の打ち合わせが続いていた部屋の天井近くのウォールカーペットのわずかな隙間に一匹のゴキブリが隠れていた。ボッカはそれまでの二人の会話の要点をその場から超ミニ電話で俺に伝えて来た。
「それじゃ、帝国本体とアメリカのツインが二つとも発見間近になったわけだな。ツインは水生昆虫の王国と隣り合わせになっているんだ。ゴキブリの問題で、王国に迷惑をかけるわけには絶対にいかない」
「二つ同時に進められたら大変だぞ! どうする?」
「太平洋の帝国本体は帝国防衛軍に任せよう。俺たちはツインを担当することにしよう。その旨大帝にお願いして、帝国から砂漠に応援部隊を至急派遣してもらい、ロサンゼルス支局にも応援を頼もう。さあ、戦闘開始だ!」
大帝に連絡を入れた俺の脳裏に、以前帝国からのニュースで見たゴキブリ帝国と水生昆虫王国の安全保障条約調印式典の模様が浮かんだ。
式典ではゴーキー大帝と水生昆虫王国のウィンドウロック王が調印文書に羽ペンでサインをしようと身構えていた。ゴーキー大帝の目配せでウィンドウロック王は一気にサインを書き入れ、ゴーキー大帝も同時にサインし、ペンを置いた。その瞬間宮殿内にファンファーレが鳴り響き、両国の相互友好と条約調印を祝った。
水生昆虫には探査ロボットの制御システム破壊でも協力を仰いだ借りがある。何が何でも王国を守らなければ。俺とボッカは速やかに現地入りし、指揮をとる必要がある。まずはシェルター建設が終わったばかりのツインとウィンドウロック王に緊急電話を入れた。ツインと王国の全メンバーを避難させ、水生昆虫については安全が確保されるまでナバホ族の居留地にある川でキャンプを張るように伝えた。
ボッカからM社の動きが逐一入電していた。凍結剤を打ち込むポイントが決まり、最終確認が行われたこと。凍結剤発射用ロボットの部品がニューヨークのKコンサルティング社倉庫から現地に到着し、組み立てが始まったこと。事態は激しく動き始めていた。
俺は良枝に国内出張に出かけるという言葉を残し、ボッカと共に専用機でユタ州の砂漠に向かった。
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