第16話

 熱帯雨林の地下深くに広がる帝国ではブリ蔵の進言を受けて巨大なシェルターの建設が始まった。夥しい数の同胞が動員され、探査ロボットのセンサービームを弾き飛ばす絶縁資材などが地下倉庫から運び出された。運送用トラックがフル稼働し帝国の版図の隅々にまで資材を運び出していった。資材が到着すると、同胞の労働者がマニュアルを使って、次々にシェルターの支柱を立てて資材を貼り付けていった。ゴーキー大帝は側近らと共にシェルターの建設作業を大画面のモニターで見守っていた。

「ブリ蔵と話がしたい。すぐに呼び出せ」

 大帝から命を受けた海外諜報部長が特殊携帯電話で連絡をよこした。

俺は、ボッカが人間改造手術を受けた帝国ホスピタルの一室にあるテレビ会議場のモニター画面の前に座っていた。しばらくすると、画面にゴーキー大帝の姿が現れた。

「ブリ蔵。元気そうだな。日頃の帝国に対する貢献を感謝する」

 大帝は触覚アンテナをビュンビュンと震わせた。

「シェルターの建設はうまく進んでおりますか?」

 俺は少し緊張しながら訊ねた。

「お前の進言を受けて色々と検討した結果、帝国に加えて念のためアメリカのツインにも同じようにシェルターを建設することにし、すでに工事が進んでおる」

 ツインというのは南西部・ユタ州の砂漠にあるゴキブリ帝国のアメリカにおける拠点で、帝国本体とほぼ同じ規模を誇っている。帝国と双生児のように瓜二つという意味で「ツイン」というニックネームがある。

「さて、こちら帝国本体のシェルターはすでに六割ほど完成したとのことだ。お前にもその模様を見せてやろう」

 画面の右側に建設現場のモニター画面が現れた。夥しい数の同胞の作業部隊が、帝国の超ハイテク技術で作られた資材を運ぶ場面が流れた。

「さすが帝国ですね。万一に備えてこんなハイテク資材が直ぐ手元にあるなんて」

 俺は素直な驚きを洩らした。大帝の触覚アンテナがわずかに震えた。

「実は今日お前を呼び出したのには二つの理由がある。ひとつは、お前の元気な姿を確認することじゃ。そしてもうひとつは、お前にわが帝国が誇る超技術の歴史を知らせておくためじゃ」

「超技術の歴史ですか?」

 大帝の言わんとすることがすぐには飲み込めなかった。大帝の複眼がキラリと光った。

「わが帝国には様々な超ハイテク技術がある。これは我々のご先祖さまから伝えられてきたものなのじゃ。時は何千年か前に遡る。人間どもの世界ではエジプト王朝の時代の話じゃ。お前はその時代に人間どもが如何に優れた技術を持っていたのか知っておるか?」

 脳裏に巨大なピラミッドが浮かんだ。

「ピラミッドのことでしょうか?」

 大帝の複眼が煌いた。

「その通り。ピラミッドは巨大な石と石の繋ぎ目に至るまで星座の運行を正確に計算した数学をもとに造られた。ピラミッドは単に歴代のエジプト王の墓であるばかりではなく、その隅々に星座の運行を認識した数学と宇宙科学が入り込んでいるのじゃ」

 大帝が何を言おうとしているのか、まだピンと来なかったが、黙って聞き耳をたてていた。

「ピラミッドを作った頃の人間どもの技術は最高水準に達していた。ところが、最高のものを手に入れた途端、人間どもはすっかり慢心してしまったんじゃ。そして技術を磨き、高める心をすっかり忘れてしまい、技術のレベルがどんどん下がっているのにも気付かず、未だに自分らの技術が地球で最高だと思い込んでいるんじゃ」

「なるほど」

「ところが、わが帝国のご先祖さまは人間どものように慢心することなく、賜った高度な技術を基礎として、それを様々な形で応用し続けて来た。例えばワクチン配送システムや、お前やボッカが人間になるための変身医術など人間どもが足元にも及ばない超技術を今なお持ち続けておる。その超技術を駆使することで、我々はゴキブリを目の敵にする人間どもからも身を守り続けているのじゃ」

「なるほど、なるほど」

「さて、ご先祖さまと人間どもが最高のハイテク技術を賜ったのは、太陽神からじゃ。わが帝国の守護神である太陽神は超技術を地球に伝えるために、火星の民、すなわち火星人を地球に送り込んだのじゃ」

「えっ! 火星人ですか?」

「ブリ蔵、ちょっと頭を捻れば驚くには当たらない。エジプトの首都は何処じゃ?」

「カイロです」

「カイロとはどういう意味か知っておるか?」

「いえ」

「カイロの語源はカヒーラという古いアラビア語で火星という意味じゃ。今は死滅したと思われる火星人たちは、太陽神のメッセンジャーとして古代エジプトにやって来た。それを記念して、カイロに自らの名を刻んだんじゃ。エジプト最大のピラミッドであるクフ王の墓を守るスフインクスは、真東を向いておる。真東には赤い星・火星が位置していることもその事実を裏付けておる。彼らはピラミッドやスフインクスの建設に太陽神名代のアドバイザーとして参加し、超高度な技術を地球に伝えたことになる」

モニター画面を通し大帝の触覚アンテナが盛んに震えているのが見えた。

「なるほど、それで我々が何故超高度な技術文明を持っているのかがわかりました」

「この際じゃ。もうひとつ述べよう。お前も人間になってとうに気付いているとは思うが、人間どもは我々よりも優れた音楽や絵画など芸術の世界を持っておる。我が帝国が人間から学ぶべきものがあるとすれば、それは技術ではない。芸術の世界なのじゃ。それを帝国に広めることが出来れば、鬼に金棒じゃ。お前に言いたいのは、そのような人間界の芸術なるものを帝国にも広げられないかということじゃ」

「大帝のおっしゃることは、わたしも日頃感じておりました。今後はその方面でも情報を収集したいと思います」

「頼むぞ。お前の活躍により、当面は帝国本体の安全保障にも目途がついた。それでは益々の活躍を祈る」

 その言葉を最後に、大帝はモニター画面から消えた。以前は一度も感じなかったが、大帝のお姿に接しながら非常に気になったことがある。ゴキブリの顔や発達した顎、黒光りする肢体を気味悪く感じ始めたことだ。それだけ俺自身が人間に染まって来ているせいなのだろう。人間どもからすれば、我々ゴキブリの姿形は、恐ろしく気味悪い存在に見えるのかも知れない。ひっくり返せば、ゴキブリから見た人間の姿も恐ろしく醜いのだ。人間になった頃は、しばらく自分の姿を鏡で正視することが出来なかったのを思い出していた。

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