第13話
Kコンサルティングのシステム司令室がある建物は、ロングアイランドの先端・モントークから大西洋を望む断崖絶壁の上にあった。
俺の頭の中で作戦イメージが固まっていった。帝国と安全保障協定を結んでいる水生昆虫の王国に協力してもらう。水生昆虫の役割は海を渡り、俺とボッカを絶壁の下まで運んでもらうことだ。彼らはアメリカ先住民の神話にも登場し、優秀な航海術で鳴らして来た。絶好の配役だ。
新月の夜、俺たちは水生昆虫の小舟の到着を待って、探査ロボットの制御システムを破壊する作戦を敢行した。
水生昆虫が葦の葉で作り固め、操縦する小舟に乗って高波の海を渡り、岩場に乗り移る際には水生昆虫の背中に抱きついて波打つ岩場に降り立った。その岩場の地点を帰りの落ち合い場所と決めてから、絶壁を羽の力に任せて飛び上がり、建物から少々距離のある絶壁の上に到着した。
そこら辺は大西洋の強風に曝されながら根を張った雑木林が周囲を覆っている。灯台の光が時折建物の塀を白く照らし、塀の上に敷き詰められた鉄条網が巨大な恐竜の口から覗く鋭い歯のように光っている。
「ぞっとする場所だな。帝国の転送システムを狙う探査ロボットの基地にふさわしいな」
ボッカが触覚アンテナを震わせた。
「帝国の裏情報によれば、司令室は三階の真中にある。あの建物の何処にセンサーが走っているのか皆目わからないので、ここからは一歩ずつ慎重に行かなければ・・・・・・」
雑木林の方から低い人間男の声が聞こえた。黙ってその足音のする方向に目を凝らした。ショットガンを構えたガードマンが二人、あたりを見回しながら近付いていた。
「異常なさそうだ。それにしても不気味だな、絶壁側は。何かが化けて出て来そうな気がする。とっとと行こうぜ」
ひとりがショットガンの銃口で前方を指し示す格好をした。
「全くだ」
ガードマンは目の前を通り過ぎて行った。その後を灯台の光が照らし出した。
「一応ぐるっと夜回りしているみたいだな。さあ、そろそろ作戦開始だ」
俺は身構えてボッカと一緒にガードマンの後を急いでつけて行った。
建物には二重三重のガードがかけられ、センサーが張り巡らされているのであろう。屋上や前庭の各所には武装したガードマンが張り番をしていた。夜回り担当が張り番のガードマンと言葉を交わして、ドアから中に入ろうとする瞬間を狙い、俺たちはドアを先に潜り抜けて建物の中に入った。
内部は電気が煌々と灯り、一瞬目が眩んだ。ガードマンの大きな靴音が辺りに響き渡り、次第に遠ざかって行った。俺たちは目を明るさに慣らした後で、階段通路を伝い、三階へと上って行った。
三階の中心にある部屋に通じる廊下は頑丈そうなドアで区切られていた。ドアには「立入禁止」の文字があった。
「おそらく司令室はこの奥だ」
俺はドアをどうして突破するか考えていた。
「このドアを破壊すれば、恐らくセンサーが稼動し始める。だが、中に入って確認しなければ・・・・・・」
「転送装置を使うか?」
ボッカがベルトにぶら下げている装置の袋を掴んだ。
「そうだな」
ボッカはモバイル転送装置をドアの手前で組み立て始めた。俺は辺りの気はいに全神経を集中させていた。転送装置のセットが終わり、一緒に転送ボックスの中に入った。ボッカはボックスの中にあるボタンを操作し、俺の顔を見た。
「準備OK。行くぞ」
スイッチが入った。体は一瞬のうちに超微粒の原子と化し、中の大部屋でゴキブリに戻った。ボックスから出て、今度は人間に変身し、大部屋を見渡した。中央に巨大なスクリーンがあり、世界地図のサイトが現れていた。赤道を中心に無数の赤いスポットが点滅し、手前には横長の卓上コントロールシステムがあった。
「地図上の赤いスポットが恐らく探査ロボットの位置を示している。ロボットひとつずつの制御がこの卓上で行われるはずだ。ボッカ、動かせるか?」
「メインパワーをONにしてみよう」
「大丈夫か? センサーに感知されないか?」
「部屋の中はまず大丈夫だ」
ボッカはメインパワーをONにした。卓上のシステムが稼動し始めた。
「パソコンで詳細がわかるはずだ」
卓上システムの右手にあるパソコンをONにしてしばらくすると画面上に探査ロボットのリストらしい番号が現れた。ひとつの番号をクリックすると、モニター画面に探査ロボットの画像が浮かび上がった。青と赤のツートンカラーで、ボディから二本アームが突き出ている。美樹の情報と一致している。
「たとえば、このロボットは25号だ。現在地は南米エクアドル共和国の首都キトの中心から北北西三十六キロにある山の一角だ。この分だとロボットの配置が大分進んでいるようだな。全部で何基ある?」
ボッカがパソコンをクリックした。
「千百基の登録がある」
「美樹の情報とほぼ同じだ。こいつらが動き出すと大変だぞ」
「段取りを確認しよう。この司令室を破壊する爆弾をセット後十五分きっかりに爆発させる。爆発の規模は司令室だけのピンポイント爆破だ」
「ラジャー(了解)」。
「早速準備に入るぞ」
ボッカは卓上システム下部の奥に潜り込んだ。持ち込んだ超ミニ型爆弾は帝国のオリジナルで、パワーをONにし機能させると、瞬時に普通サイズに変身して強力な破壊力を発揮する爆弾になる。
「よし、タイマーをセットするぞ」
カチリという音を合図にタイマーが動き出した。
「さあ行くぞ。あと十五分だ」
ボッカと一緒にゴキブリに変身し、転送ボックスの中に入った。
「転送開始!」
あっと言う間に、二人は超微粒子状態になり、雑木林の中で二匹のゴキブリに戻った。
「さあここからは飛行だ。行くぞ!」
雑木林から二匹のゴキブリが羽を大きく震わせながら飛び立った。絶壁から飛び降りる時、M社から飛び降りたのを思い出したが、危険度はこちらの方がはるかに高い。強風がひっきりなしに吹き付け、ヘタをすればボディがあっという間に持って行かれてしまう。水生昆虫の助っ人が待っている岩場から離れてしまうと危ない。ボッカも飛ばされそうになりながら俺の後に続いていた。吹き付ける風を少しでも羽で制御するように工夫しながら舞い降りて行った。何とか岩場にソフトランディングしたら、二匹の水生昆虫が駈け寄って来た。
「どうでした、首尾は?」
「あとは爆破の時間を待つだけです。協力感謝します」
「さあ早く背中に乗って下さい。舟まで運びますから」
再び水生昆虫の背中にしがみ付いて小舟に乗り込み、大西洋をロングアイランド沿いに渡った。水生昆虫の小舟の乗り心地はさすが安定感そのものだった。その気持ちよさにうとうとしていると、遠くで爆発音が聞こえた。工作成功だ。当分探査ロボットは動けまい。マンハッタンに戻ってから水生昆虫の同志を交えて、ボッカと祝杯を上げようと思った。
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