第234話 若気の至り
さて、ウス上皇がトモシゲと交渉戦を繰り広げていた時、ラインは何をしていたか?
「ひっく……ひっく……」
まだ泣いていた。
子供のように泣きじゃくるラインをどうすればいいか迷いながら囲む一同。
それを見てトーノはぼやく。
『そろそろ泣くのを止めんか……』
「ごめんなさい……ひっく……」
『まったく……』
あきれ顔で微笑むトーノ。
そんなラインにヱキトモが怖い顔をした。
「鍛錬をさぼるとどうなるかわかったか?」
「はい……」
危うく死にかけたラインもこれには懲りたようで素直にうなずく。
それを見て、ヨミは笑った。
『昔のトーノみたいだな』
「「「「「えっ?」」」」」
その場に居た全員がきょとんとする。
トーノが恥ずかしそうに笑う。
『お、おい!』
『いいじゃねぇか! いい機会だから聞いてもらえ!』
『……この野郎』
ヨミの言葉に恥ずかしそうにトーノは言った。
『昔、ヨミに対抗して単騎で山賊退治に行ったことがあってな……相棒のミツヨリも連れないで単独で行ったんだ』
「……えっ?」
意外な言葉にラインも不思議そうにする。
トーノは堅実な運用が多く、そんな無謀な真似をする者では無かった。
むしろラインがイライラするほど慎重な性格である。
『ヨミが相棒無しで一人でも倒せるなら俺でも出来るって言って向かったら……思いのほか強い連中で囲まれてヤバくなったんだ』
懐かしそうに……恥ずかしそうに語るトーノ。
『やらなきゃよかったって岩場に隠れて泣いてたんだわ。そしたらミツヨリが一人で駆けつけてきてくれたんだよ……』
「……オヤジが? でもオヤジは文官でそんな真似は……」
ラインが驚くのも無理ない。
山賊も晶霊と人間がセットである。
当然ながら晶霊に囲まれていたら人間にも囲まれる。
そんな包囲を破って入ったことになる。
『ミツヨリが文官になったのはタトク陛下が上皇になってからだ。若い頃から武士の鍛錬を怠るような奴では無かったのだよ』
そう言って懐かしそうに語るトーノ。
『びっくりしたぜ。なよなよした男だと思ったら血だらけで山賊とやり合いながらこっち向かってきてな。慌てて中に入れたんだ。まあ、流石に晶霊士になったら、何とかなるかなって仕掛けたんだけど、恐ろしい手練れが居てな。再び死を覚悟した……』
トーノの言葉に真剣に耳を傾ける全員。
『そしたら「俺に任せろ」って言って俺の体をあいつが操ったんだ。そしたらそれが強いのなんの……俺が勝てなかった相手にあっさり勝って見せたんだよ』
「……えっ?」
ラインが完全に呆けてしまう。
父親がそこまで強いとは思わなかったのだ。
だが、ヱキトモはうんうんとうなずく。
「ミツヨリ殿は強いがそれを表に出すような方では無かった。『強い人間は常に狙われる』と言ってな。いたずらに自分を前に出すのは危険と考えていた。わしもミツヨリ殿に勝ったことが無い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヱキトモの言葉に呆然とするライン。
だが、一つだけ気になる点があった。
「だったら……だったら何であんなにへこへこしてたんだ? そんなに強い親父なら、そんな真似しなくても良かったのに?」
それを聞くとヱキトモが苦い顔になった。
「それは……ワシのせいじゃ」
「……えっ?」
ラインはきょとんとした顔になるがヱキトモが苦い顔で嫌そうに答える。
「わしとミツヨリは二人ともウス様を支えていた。だが、ワシが癇癪を起してウス様に従って出て行ったせいで、都に居るセーワ家の者たちの後ろ盾がミツヨリだけになったのじゃ」
「……えーと…………」
「そのせいでミツヨリは一切の失敗が許されない身の上になった。ミツヨリが失敗すればセーワ家全員が都から占め出されて中央での出世の糸口が無くなる」
「……まさか……」
ラインには思い当たることがあった。
「ドーム殿が居なくなってスガヤマ家の者は全員都から占め出されただろう? そうなると没落するしかない。一族を守るために摂家に縋るしか無かったんじゃ」
「・・・・・・・・・・・・・」
あまりに酷い理由にラインが押し黙るが、これが厳しい現実である。
どんなにカッコいいことを言っても、この時代は『縁』が全てである。
そして、最大の問題点はと言えば……
「讒訴裁判が横行している時に都での弁明する糸口が無くなればどうなると思う?」
もう一度説明すると、無理矢理侵略して一族皆殺しにして『反乱を企てていた』と言い張って土地を奪うやり方を
このやり方の怖い所は、勝っても都の裁判で負けたら反逆者になってしまう点だ。
ヱキトモの問いの答えは単純、『そのまま逆賊の汚名を着る』。
実際、そうやって地方領主である郡司がいくつも潰れているのだ。
ヱキトモが悔しそうに唸る。
「ミツヨリはその為にあえて泥をかぶっておったんじゃ……」
辛そうに言うヱキトモを見て呆けてしまうライン。
(おれは自分の強さを誇示することが一番だと思ってた……)
だが、父ミツヨリは「それすら危険」と用心深く振舞っていたのだ。
ヱキトモはさらに愚痴る。
「大体、ミツヨリ殿があまりに隙が無いので愚痴ってたバカが「武士の癖に」と言っていただけじゃ。「蚊は鮫よりも滅するは難し」と言うでは無いか」
そうぼやくヱキトモ。
流石にわかりにくいのでこう例えよう。
ライオンとネズミのいずれが強いかを聞いてネズミと答えるものは少ない。
だが、現実世界ではライオンは保護が必要な絶滅危惧種だが、一方でネズミは駆除したくてもしきれていない上に、地球の王者である人間の生活圏内に侵略している。
ライオンは勇猛だが、堂々と戦うので倒しやすいのだ。
そしてそれは往々にして戦争にも通じる。
「奴らが言っていた「武士の癖に」は「中傷」じゃあない。ただの「愚痴」じゃ」
それを聞いて愕然とするライン。
(俺は負けイルカの遠吠えをまともに聞いていただけなのか……)
ちなみにこちらに犬は居ないのでイルカという表現になる。
そして、往々にして負け犬の声ほどデカい上に喚いてうるさい。
ラインはそれを真実と間違えてしまったのだ。
トーノは恥ずかしそうに言った。
『俺も同じように弱いと考えていた。ミツヨリ殿も義理で組んだだけだからな。本当は嫌いだった……』
懐かしそうに言うトーノ。
「俺は……間違えてました……ごめんなさい」
『………………良いんだよ。間違えは正せば良いだけだ』
「俺……俺……」
『おいおい………………』
再びトーノの手を掴んで泣き始めるライン。
そんなラインを優しい目で見つめるトーノ。
しばしの間、ラインは泣いたが、やがて落ち着いてきりっとした目で言った。
「トーノ。もう一回鍛え直してくれ」
『良いぞ』
にこやかにトーノは言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます