第233話 土下座


「……何のつもりですかな?」


 トモシゲは突然現れたトーノに向かって冷ややかに言った。


「この者は我らを愚弄し、あまつさえも自らした約束まで破りました。それを擁護するのですか?」

『この者は若さ故に間違えただけだ。どうか許してくれ』


 そう言って頭を下げるトーノ。

 だが、ツネヒラは後ろから怒鳴る。


「そいつが腹を切ると言ったんだろが! 守らねぇのはどういうことだ!」

『・・・・・・・・・・・・・・・』


 それに対して何も言い返さないトーノ。


「「「「「ぶーぶー!」」」」」


 カンム側のブーンイングにもトーノは返さない。

 トモシゲは嫌そうに言った。


「……この落とし前はどうつける気ですか? ちょっとやそっとの方法では納得しませんよ?」

『一時は鎮守府将軍にもなった私の土下座だ。それで許してくれ』


 そう言って、トーノはラインを守るように正座して……


 すぅ……


 ゆっくりと……静かに……綺麗に土下座した。


「トーノ……」


 ラインは未だに泣いている。

 トーノは土下座しながら言った。


『相棒の犯した過ちは代わりに謝る。この通りだ』

『そんなもんで許せるかぁ!』


 そう言って今度はノトが前へと進み出た。


『土下座すりゃ良いってもんじゃねぇだろ!』


 そう言ってノトが土下座しているトーノの頭を蹴ろうとしたその時だった!


「止めてください!」


 今度は刀和がトーノの前に出る!

 そして自分の何倍もの大きさの晶霊を睨み付け、ラインとトーノを守るように叫ぶ!


「もう十分でしょう!」

『何だぁ? 邪魔すんじゃねぇ!』


 そう言って刀和をはたこうとするノト!

 ノトは手を振り上げて刀和へと振り下ろすのだが……


 ドゴォ!


 振り下ろすよりも先に思いっきりケリを食らって横へ吹っ飛ぶ!


『あのやろう!』

『やりやがった!』


 そう言って人間たちの前に出ようとするカンム側の晶霊たち!

 すると……


 ドン!


 ヨミは目の前に足を踏み込んで大きな音を立てる!


『俺の相棒に手を出そうとするなんていい度胸じゃねぇか?』


 ノトを蹴り飛ばしたヨミが背中の大剣に手を掛けてすごむ。

 それを見ただけでカンム側の晶霊が全員その場にとどまってしまう!


『俺のダチにまで手を上げようとしたんだから文句は言わねぇよなぁ?』


 そう言ってカンム側を睨め付けるヨミ。

 すると、その横にふわりと一人の晶霊が現れる。


『あらあら……ようやく戦? じれったいわね。やるなら早くしなさいよ』


 ブォン……


 ナイシノスが隣で優雅にアウルを纏って扇を見せる。

 扇と言っても彼女の武器なので十分威嚇であるし、ナイシノスがアウルを使えるようになればそれだけで勝ち目はない。

 一方で違う形で脅している者も居る。


 ビィン……ビィン……


 シュンテンが持っている弓を鳴らしていつでも戦えることをアピールする。

 お腹にヱキトモが入っていくのが見える。


『貴様ら!』


 トウロウが前に出てトモシゲを回収する。

 一方ノトもツネヒラを回収して臨戦態勢を整えようとしたその時だった!


『そこまでだ』


 タトク上帥が両軍の間に入った。


『この試合はウスが預かったはずだ。そして試合に負けた側は素直に謝ることを条件としたはずだ』


 タトク上帥の腹からウス上皇が出てくる。


「この試合、ラインとトーノが謝罪したことでもう終わっている。これ以上の戦いは許さん」


 そう言ってカンム側に厳かに言うのだが、トモシゲがトウロウと共に前に出た。


「しかしながら、彼は私に腹を切ると約束しました。それはどうするおつもりですか?」

「私が試合前に出した条件は忘れたか?」

「……えっ?」


 トモシゲが不思議そうな顔で思い出そうとする。

 だが、何故か思い出せない。


(何だ?……私に落ち度があったのか?……)


 必死で考えるトモシゲだが、ウス上皇は厳かに言った。


?」

「……(ギリッ)」


 してやられたと気づいたトモシゲは歯ぎしりをした。


「その時に確認したはずだ。『?』と。忘れたか?」

「……いいえ。覚えていますよ……」


 確かにトモシゲはそう言った。

 自分が迂闊にハイハイ言っていたことに気付いて悔しそうに顔を歪ませるトモシゲ。


「先ほどから何度も武士に二言は無いと散々言った貴公だ。よもや自分から破ることはあるまい?」

「……もちろんですよ」


 初手の失敗に気付いたトモシゲは苦々し気に唸る。


(最初からこの展開に気付いていたか!)


 トモシゲ自身、この展開を狙っていたが、「恥をかかせればよい」程度に考えていたので、命を取るのは二の次のつもりだった。

 ラインが思いのほかうまく術中に嵌まったのでついつい欲を出して攻めたのだが、ウス上皇が先に予防線を張っていた事を失念していた。

 ちなみにウス上皇はと言えば……


(あらかじめ用意しといてよかったな……)


 ただの試合で終わるはずがないと考えていたので「この一線は超えさせない」と準備していた「言葉」だが、それが功を奏した。

 大人の世界はこうやって色んな予防線を張ることが大事なのだ。


「さて、トモシゲ殿。見ての通り、ここまで険悪になった以上、これ以上手を煩わせるわけにはいかぬ。お気持ちはありがたいが撤退していただきたい。わたくしとしても嫌な思いをさせた上に復興作業を手伝わせるような真似はしたくない」

「……そうですね。気分を汚されました」

「モチナガ」

「はい」


 ウス上皇の言葉でモチナガが大きな袋を持ってくる。


「紫珊瑚200を用意した。これで謝罪を受け入れて欲しい」

「……いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。謝罪を受けます」


 そう言って袋を受け取るトモシゲ。


(……この上、帰る理由まで作るとは……)


 トモシゲとしてはこのまま常駐して戦を仕掛ける機会を伺っても良かったのだ。

 だが、相手が「気分を汚して申し訳ないので支援を断る」と言ってきて、しかもお金まで用意してくれた。

 これでは流石に帰るほか方法はない。

 ここで暴れて難癖をつけても正当性を主張するのも難しく、下手に戦ってもナイシノスにボコボコにされるので勝ち目も薄い。

 そして、キチンと利益も出ているので、ここが引きどきである。


 ウス上皇が改めて言った。


「ご迷惑おかけして申し訳ない」

「いえ、こちらこそ申し訳ない」


 そう言ってウス上皇に頭を下げるトモシゲ。

 この瞬間、この茶番劇が双方痛み分けとなり、決着ついた。


 こうして一連の騒ぎはここでようやく終着となった。


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